ゲノム編集技術 vs. ウイルス感染症 ~ SARS-CoV-2へのCRISPR/Cas9の応用~

広がり続けるCOVID-19

2019年、中国の武漢で感染拡大を発端として、世界中を混乱の渦に巻き込んだCOVID-19。約2年が経過した現在でも、感染は収束するどころか、世界中のあらゆる地域で変異株による感染が拡大し、医療業界を中心に大きな打撃を与え続けている。日本においても、連日多くの感染者が報告されており、特に東京都では救急搬送が追いつかず、救急隊が出動した症例のうち約6割が搬送できていないとする報道も出ている[1]。また、重症者・死亡者も増えており、医療崩壊が現実味を帯びてきている。ワクチンの接種が進んではいるものの、変異株への効果は十分ではないとする研究もいくつか出ており[2]、われわれの苦しい戦いは今後も続くだろう。

そんな中、世界中の研究者・企業はさまざまな技術を応用し、日々COVID-19に打ち勝つ方法を模索し続けている。そこで今回は、このような研究のうち、CRISPR/Cas9を中心とするゲノム編集技術が用いられている例を紹介し、今後の人類のウイルス感染症に対する向き合い方を考えていきたい。

CRISPR/Cas9の概説と主な応用例

ここでまずはCRISPR/Cas9についての説明と、CRISPR/Cas9が利用されている分野について簡単に紹介したい。CRISPR/Cas9は、現在主流となっているゲノム編集技術の1つであり、1996年に発表された第一世代のZFN、2010年の第二世代のTALENに引き続いて発表された第三世代のゲノム編集技術である。昨年には考案者のEmmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏らがノーベル化学賞を受賞したことでも知られている。

CRISPR/Cas9は、標的のDNA配列を、tracrRNAと複合させたガイドRNAとcrRNA、さらにCas9と呼ばれるハサミの役割を持つ物質と一緒に導入することで、その配列を特異的に切断する。これにより目的の遺伝子をノックアウトさせたり、DNA切断に伴う修復機構を利用し、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子をノックインさせたりすることもできるという技術である。(CRISPR/Cas9のメカニズムの詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[3]。)

このCRISPR/Cas9は、生物のゲノムを編集して目的の形質を得ることができるという理由から、ゲノム研究をする研究者のための遺伝子編集マウス、遺伝子異常を理由とする疾患の治療薬、疫病に強い作物、はたまた人工培養肉など、幅広い分野での応用が検討されている。近年では、CRISPR/Cas9のサブタイプであるCRISPR/Cas12aやCRISPR/Cas3、そして徳島大学の刑部教授らによるTiDシステムなど、さらに効率よくゲノム編集ができる技術も登場している。(CRISPR/Cas9のサブタイプについての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[4]。)

このように、CRISPR/Cas9は開発からわずか数年でさまざまな領域で応用されており、そのポテンシャルは計り知れないといえる。

COVID-19の基礎知識

次にCOVID-19について、Nature誌に出版されたHu B氏らによる論文[5]をもとに、現状判明している基礎知識を整理していこう。なお、COVID-19は疾患名、SARS-CoV-2が病原体であるウイルス名を指すことに注意されたい。

SARS-CoV-2は、2002年に韓国などで大流行したSARS-CoV、2012年に中東諸国で大流行したMERS-CoVと同様、beta-coronavirusと呼ばれるウイルスの1種である。ウイルスのゲノムは1本鎖プラス鎖RNAであり、ゲノムのうち79%がSARS-CoVと、50%がMERS-CoVと共通していることがわかっている[6]。SARS-CoV-2の遺伝子は、複製酵素であるreplicase (ORF1a/ORF1b)に加え、ウイルス表面のスパイクタンパク質(S)、ウイルスを覆うエンベロープ(E)、膜タンパク(M)、そしてウイルスの殻の役割を持つカプシド(N)を発現する6つのオープンリーディングフレームを中心に構成されている。(オープンリーディングフレームとは、翻訳される能力を持つリーディングフレームの部分のことである。)なお、このゲノムは、全ゲノム解析により、コウモリに見られるSARSr-CoVに非常に近いことや、ウイルスタンパク質は1,237のアミノ酸からなっていることなども判明している。また、現時点でSARS-CoV-2の由来や中間宿主は完全には理解されていないが、ネコ、ネズミなどにおいても感染することがわかっている。

SARS-CoV-2に感染した患者は、年齢や基礎疾患の有無などによって症状は異なるものの、咳や痰、喉の痛みなどの一般的な呼吸器感染症にみられるものから、下痢、頭痛、胸痛、味覚・嗅覚の異常などのさまざまな症状が報告されている。多くは軽症であるが、糖尿病や呼吸器疾患などの基礎疾患のある患者においては特に中等症・重症化のリスクがあるとされており、症状が進行すると、ICU(集中治療室)における人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を用いた管理が必要になることもある。現に日本では、デルタ株の流行に伴って重症患者が増加し、東京都内の入院ベッドは切迫している。そして劇的に効果のある特異的な治療法はいまだ報告されていないため、対症療法やその他のウイルス感染症に使用する抗ウイルス薬などを使用しながら、日々治療薬の開発や臨床研究が行われている。

ここまでゲノム編集技術やSARS-CoV-2についてまとめたところで、SARS-CoV-2に対してCRISPR/Cas9やそのサブタイプ(まとめてCRISPR/Casとする)が応用されている例を見ていこう。

CRISPR/Casの応用例①-診断

まずはCRISPR/Casによる病原体の検出だ。SARS-CoV-2の流行以降、PCR検査という言葉を聞いたことがある読者の方は多いだろう。PCR検査とは、1980年にKary Mullis氏によって開発された手法であり、ある条件下で標的のDNAを検出可能なレベルまで増幅させて検知する検査方法のことである[7]。SARS-CoV-2などのRNAウイルスについては、対象の配列を逆転写酵素(Reverse Transcriptase)によってDNAに逆転写し、そのDNAをprimerやDNA polymeraseによって増幅させるRT-PCRと呼ばれる方法が用いられる。この検査は、極めて微量な対象の遺伝子を、選択的に、かつ2時間程度の短時間で増幅できるため、効率的な検査が求められる感染症の検査において非常に効果を発揮する。しかし、その一方で、採取した部位や検査者の処理方法によって検出率が異なったり、コンタミネーションによる偽陽性(=陽性でない患者が陽性であると判定されること)が生じたりする欠点もある。PCR検査の感度(=陽性患者を正しく陽性と判定する確率)はキットによっても異なるが、中には感度の低いものもあり、PCR検査で陰性が出ない有症状患者が一定数存在すると言われている。

そこで近年、CRISPR/Casを用いた新たな病原体検出技術が開発されている。ここではそのうち3つをご紹介しよう。

(1) SHERLOCK (Specific High Sensitivity Enzymatic Reporter UnLOCKing)
SHERLOCKは米国のBroad Instituteの研究成果を基に開発されたCRISPR/Cas13を利用した技術である[8]。CRISPR/Cas13はCRISPR/Cas9と同様にクラス2のCRISPR/Cas に分類される。

SHERLOCKでは、まず、対象のdsDNAやRNAをcDNAと呼ばれる相補的なDNAに変換して増幅し、T7-RNA polymeraseと呼ばれる酵素によって再度RNAに変換する。ここにquenched fluorescent RNA という切断されると蛍光を示す物質を加えると、Cas13は1本鎖RNAに結合する性質をもつために、対象のRNAが切断されて蛍光を示し、感染症の診断ができるという仕組みである。

SHERLOCKはもともとエボラウイルスやラッサウイルスに対して開発されていたが、COVID-19の流行を受け、米食品医薬品局(FDA)からSARS-CoV-2に対しても緊急使用許可が出された。

また昨年、マサチューセッツ工科大学(MIT)は、このSHERLOCKを応用してCRISPR/Cas12b によってSARS-CoV-2の検出をするSTOPCovidと呼ばれる手法を発表した[9]。STOPCovidは1時間という短い時間で検査ができ、一人当たり10ドル未満で検査ができる新たな検査方法として期待されている。

(2) DETECTR (DNA endonuclease targeted CRISPR trans reporter)
DETECTRは米国のMammoth Biosciences によって開発されたCRISPR/Cas12aを利用した技術である[10]。CRISPR/Cas12aもクラス2のCRISPR/Cas に分類されるが、Cas12a はCas13とは異なり、DNAに結合する性質をもつ。それ以外は基本的にSHERLOCK と似た仕組みで検査が可能である。DETECTRを用いて行った、子宮頸がんなどの原因ウイルスであるHPV16/18の検出実験では、1時間以内に高い精度でウイルスを検出ができることがわかっており、こちらもSARS-CoV-2を診断するキットがすでに販売されている。

(3) CONAN(Cas3-Operated Nucleic Acid detectioN)
CONANは日本の東京大学医科学研究所の真下教授らによって開発されたCRISPR/Cas3を利用した技術である[11]。CRISPR/Cas3はクラス1に属するサブタイプであるという違いはあるものの、おおよその機構はSHERLOCK, DETECTRと同様である。

真下教授らの研究によれば、COVID-19陽性患者10名と陰性21名分のサンプルを用いてCONANを使用した実験の結果、陽性的中率(=陽性と判定された患者のうち実際に陽性である確率)は90%、陰性的中率(=陰性と判定された患者のうち実際に陰性である確率)は95.3%という数値となった。さらにCONANは最短で40分という短い時間での検出を達成しており、SARS-CoV-2だけではなくインフルエンザなどのその他の感染症に対する検出キットとしての期待も高まっている。

CRISPR/Casの応用例②-治療

続いてCRISPR/Casを用いた治療についてご紹介しよう。上述した通り、2021年8月時点でCOVID-19に対する抗ウイルス薬等の特異的な治療法はない。エボラ出血熱などに対して開発されたレムデシビルなど、一部FDAに認可されている薬剤もあるが、いずれもCOVID-19への特異的ものではないのが現状だ。

そんな中、CRISPR/CasはCOVID-19に対する治療方法の開発手段の一つとして注目を集めている。例えば、Timothy R. Abbott氏らがCellに投稿した論文では、CRISPR/Cas13が対象の遺伝子をノックアウトする性質を利用し、感染した細胞内でSARS-CoV-2のゲノムを切断し、感染能力を失わせる手法として、予防的抗ウイルスCRISPR(PAC-MAN)を提示している[12]。

そのほか、Danielle E Anderson氏らは、CRISPR/Casを用いたスクリーニングと、RNA干渉(=2本鎖RNAとタンパク質による複合体が相同な塩基配列をもつmRNAと特異的に対合・切断してノックアウトする現象[13])を利用し、新たな抗ウイルス薬の可能性を提唱している[14]。彼らは同論文において、CRISPR/Casによるスクリーニングにより、メチレンテトラヒドロ葉酸デヒドロゲナーゼなどの酵素をコードするMTHFD1遺伝子がウイルス増幅に関与する可能性に目を付け、MTHFD1阻害剤のカプロラクトンがコウモリ細胞に感染させたSARS-CoV-2に対して抗ウイルス活性を持つことを示した。

このようにCRISPR/Casを用いた治療技術の開発が複数行われており、実用化される日もそう遠くはないかもしれない。

CRISPR/Casの応用例③-予防

最後にワクチンの開発についても説明しよう。現状日本人が接種しているCOVID-19に対する主なワクチンは、アメリカに本社を置くPfizerとModernaの2社が開発したmRNAワクチンと呼ばれるものである。mRNAワクチンはもともとがんに対するワクチンとして期待されていた技術であり、今回COVID-19に対して初めて実用化された。これまでのワクチンは、不活化したウイルスの一部のタンパク質を人体に投与することで免疫を惹起するものがほとんどであった。しかし、mRNAワクチンでは、SARS-CoV-2のSタンパク質をコードするmRNAを、脂質ナノ粒子(NLP)と呼ばれる輸送体に入れて注射することで、人体でSタンパク質の生成とそれに対する抗体の産生を促すというものである。(脂質ナノ粒子の詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[15]。)

そんな中、Ding R氏らは、CRISPR/Cas9がこうしたワクチン開発の後押しをする可能性があると述べている[16]。彼らは、Atasoy氏らが2019年に行った実験[17]で、CRISPR/Cas9により感染性喉頭気管炎ウイルスの遺伝子をノックアウト・ノックインして病原性のない多価で安全なベクターを開発したことを引き合いに出し、SARS-CoV-2のワクチンの開発においても、同様の理屈で効率のよいベクターの開発ができる可能性を述べている。SARS-CoV-2が我々を悩ます大きな問題の一つは、SARS-CoV-2の変異によりワクチンの効果が低下する可能性があることであり、CRISPR/Cas9を利用すれば変異に対応した効率のよいワクチンの開発が可能となるかもしれない。

ウイルス感染症に対するゲノム編集の未来

今回はSARS-CoV-2についてウイルスの特徴とCRISPR/Cas9を利用したさまざまな戦略を紹介してきた。しかし、これはSARS-CoV-2だけにとどまる話ではない。現在流行しているのがSARS-CoV-2であるというだけであって、今後いつ新たなウイルス感染症の脅威にさらされるかはわからないだろう。そんな時、今回紹介したゲノム編集技術が利用できる可能性は大いにあると言えるだろう。

進化するゲノム編集技術によって人類がウイルス感染症に打ち勝てる日は来るのだろうか。まずはSARS-CoV-2を淘汰する日が訪れることを願いながら、日々ゲノム編集技術とウイルス感染症に対する理解を深めていきたい。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] コロナ搬送できず1100件超 救急隊出動の6割

[2] ワクチン効かない変異株の出現は「ほぼ確実」、英科学者が予測

[3] 柴田潤一郎.「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」

[4] 柴田潤一郎 「徳島大学発の新しいゲノム編集技術“TiDシステム” ~世界に羽ばたく国産ゲノム編集~」

[5] Hu B, Guo H, Zhou P, Shi ZL. Characteristics of SARS-CoV-2 and COVID-19. Nat Rev Microbiol. 2021;19(3):141-154. doi:10.1038/s41579-020-00459-7

[6] Lu, R. et al. Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding. Lancet 395, 565–574 (2020).

[7] Polymerase Chain Reaction (PCR)

[8] Barnes KG, Lachenauer AE, Nitido A, et al. Deployable CRISPR-Cas13a diagnostic tools to detect and report Ebola and Lassa virus cases in real-time. Nat Commun. 2020;11(1):4131. Published 2020 Aug 17. doi:10.1038/s41467-020-17994-9

[9] Point-of-care COVID-19 testing with STOPCovid

[10] Chen JS, Ma E, Harrington LB, et al. CRISPR-Cas12a target binding unleashes indiscriminate single-stranded DNase activity [published correction appears in Science. 2021 Feb 19;371(6531):]. Science. 2018;360(6387):436-439. doi:10.1126/science.aar6245

[11] Kazuto Yoshimi, et. al. Rapid and accurate detection of novel coronavirus SARS-CoV-2 using CRISPR-Cas3. medRxiv 2020.06.02.20119875; doi:https://doi.org/10.1101/2020.06.02.20119875

[12] Abbott TR, Dhamdhere G, Liu Y, Lin X, Goudy L, Zeng L, Chemparathy A, Chmura S, Heaton NS, Debs R, Pande T, Endy D, La Russa MF, Lewis DB, Qi LS
Cell. 2020 May 14; 181(4):865-876.e12.

[13] RNA Interference (RNAi)

[14] Anderson D. E., Cui J., Ye Q., Huang B., Zu W., Gong J., et al. . (2020). Orthogonal Genome-Wide Screenings in Bat Cells Identify MTHFD1 as a Target of Broad Antiviral Therapy. bioRxiv2020.2003.2029.014209. 10.1101/2020.03.29.014209

[15] 柴田潤一郎 「NanoMEDICによるCRISPRの効率化~ナノサイズの分子輸送体がゲノム編集の要となる〜」

[16] Ding R, Long J, Yuan M, et al. CRISPR/Cas System: A Potential Technology for the Prevention and Control of COVID-19 and Emerging Infectious Diseases. Front Cell Infect Microbiol. 2021;11:639108. Published 2021 Apr 23. doi:10.3389/fcimb.2021.639108

[17] Atasoy M. O., Rohaim M. A., Munir M. (2019). Simultaneous Deletion of Virulence Factors and Insertion of Antigens Into the Infectious Laryngotracheitis Virus Using NHEJ-CRISPR/Cas9 and Cre-Lox System for Construction of a Stable Vaccine Vector. Vaccines 7 (4), 207. 10.3390/vaccines7040207

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