NanoMEDICによるCRISPRの効率化 ~ナノサイズの分子輸送体がゲノム編集の要となる〜
輸送体(キャリア)の重要性
ステイホームにテレワーク。SARS-COVID-19の感染拡大に伴い、こうした言葉が日本全国に広がり、出社をせずに自宅で仕事をする人の数が急増している。それにより、自宅で食事をする会社員も増加し、Uber eatsや出前館などの食品配達プラットフォームの需要が高まりつつある。
ここで、こうした食品配達プラットフォームについて、もう少し詳しく考えてみよう。客から注文を受けた各料理店は、注文通りの料理を作り、登録している配達員に渡す。配達員は自転車やバイクを利用して、指定の場所へと配達して完了となる。
このときポイントとなるのは、配達の手段である。比較的軽量な食品を、利益を確保しつつ、短時間で数kmの距離を輸送するために、自転車やバイクが最適な輸送手段(キャリア=”Carrier”)として選ばれているのだ。仮に、これらのサービスのキャリアが車であった場合、一度に運べる量は増えるかもしれないが、自転車やバイクであれば通ることができるような小道を通ることができず、急な渋滞が発生した際などは、逆に時間がかかってしまう可能性がある。さらに、燃料代などの金銭的なコストも考慮すると、決して自動車が適切なキャリアとは言えないだろう。
同様のことはほかにいくらでも存在する。二国間の物資の輸送を考えると、生鮮食品の輸送ならば、食品の鮮度を保つためにキャリアは船よりも飛行機の方がキャリアとして適切であるし、逆に化石燃料の輸送を考えると、一度に大量の物資を輸送できる船の方が適切なキャリアであると言える。
このように、A地点からB地点への輸送を考える場合は、輸送したいモノの質さえ良ければよいというわけではない。どのようなキャリアを使用してモノを輸送するかによって、モノが輸送先に与える効果や影響は大きく変わりうる。そのため、「どのような素材の」「どのような性質を持った」「どれくらいの重さの」モノを、「どこに」「いつまでに」輸送するかということを考えて、最適なキャリアを考えなければならない。
こうしたキャリアに着目した技術は、近年、医学・生物界においても研究が盛んになっている。DDS (Drug Delivery System)は、薬剤の輸送方法を工夫することで体内の薬物分布を量的・空間的・時間的に制御し、コントロールする薬物伝達システムのことであり、キャリアに着目した薬剤開発研究の例として有名である。例えば、生物の細胞膜を模倣したリン脂質二重層の構造を持つキャリアは、薬剤の分解を防ぎつつ効率よく目的組織に届けるという技術である。今年に入り接種が進んでいるPfizerなどのSARS-COVID-19のワクチン
の一部も、DDSの技術を使用することで、ウイルスのスパイクタンパク質をコードする一本鎖mRNAが体内ですぐに分解されてしまうことを防いでいる。そのほか、がんの領域においても、がん組織の毛細血管のサイズバリアやがん特異的マーカーを利用したDDSなどが研究されており、副作用を低減しつつも望ましい効果をコスパよく得られる技術として期待がかかっている。
それではゲノム編集の領域では、こうしたキャリアに注目した研究はどれほど行われているのだろうか? 今回の記事では、2020年にNature communicationsに投稿された、京都大学の堀田秋津氏らによる、”NanoMEDIC”というCRISPR/Cas9におけるキャリアの研究[3]を紹介していきたい。
CRISPR/Cas9の概説と主要なキャリア
以前から何度かセツロテックMEDIAの掲載の筆者の記事[1][2]にまとめているが、まずはCRISPR/Cas9についてと、CRISPR/Cas9に使用されている主要なキャリアについて簡単に紹介したい。
CRISPR/Cas9は、現在のゲノム編集の主要な技術となっており、セツロテックも取り組む技術の一つである。CRISPR/Cas9はEmmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏によって開発された技術であり、TALEN, ZFNに続いて第3世代のゲノム編集ツールと呼ばれている。CRISPR/Cas9は、対象のDNAの配列特異的に切断し、目的の遺伝子をノックアウトさせることで形質発現を操作できる。さらに、DNA切断に伴う修復機構を利用すれば、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子を発現させることもできる。
このCRISPR/Cas9システムを利用する場合は、目的細胞に20塩基からなるsgRNAと、DNA切断の役割を果たすCas9エンドヌクレアーゼを導入する必要がある。この導入手段は、エレクトロポレーション法などの物理的な輸送、ウイルスベクターによる輸送、非ウイルスベクターによる輸送に分類できる(表1)。(いずれもLino[4]らの論文を参考にした。)
なお、ウイルスベクターとは、もともとは分子遺伝学実験においてDNAを導入するための手段として開発されたものであり、簡単に言えばウイルスの構造を持った「運び屋」である。これは感染した細胞内で効率よくゲノムを輸送することができるというウイルスの特徴に基づいて考案されたキャリアである。ウイルス自体の複製に必要なゲノムは失活しているために、ウイルスが増殖するリスクや感染後の細胞への生理作用の影響を最小限に抑えられている。さらに、マーカーとなる遺伝子を組み込むことで、外来遺伝子を取り込んだ細胞を判別できるような特性を持たせることができるようになっている。なお、アデノ随伴ウイルスベクターは、アストラゼネカ社製のSARS-COVID-19ワクチンのキャリアとしても利用されている。
1. 物理的な輸送 | マイクロインジェクション | 顕微鏡で対象の細胞を拡大しつつ、マイクロピペットを用いて直接細胞内に注入する。 |
エレクトロポレーション | 電気穿孔により開けた細胞の微小な穴を介して細胞内に導入する。 | |
2. ウイルスベクター | アデノウイルス | エンベロープなしの二本鎖DNAウイルス。DNAプラスミドを高い効率で輸送する。 |
アデノ随伴ウイルス | エンベロープなしの一本鎖DNAウイルス。アデノウイルスよりも小さな対象を輸送でき、免疫原性が小さい。 | |
レンチウイルス | エンベロープありのRNAウイルス。比較的大きな核酸輸送が可能。 | |
3. 非ウイルスベクター | 脂質ナノ粒子 | mRNAやタンパク質を脂質膜に包んで輸送する。低コストかつウイルスによる副作用の恐れがない。 |
金ナノ粒子 | 膜融合のようなメカニズムでタンパク質を輸送する。 |
これらのキャリアは、運ぶ対象に応じて様々に使い分けられている。Cas9は正電荷を帯びており、sgRNAは負電荷を帯びているため、これらの濃度比や対象のサイズなどの条件を鑑みて検討されているのだ。
そして今回紹介したいNanoMEDICは表1の3.非ウイルスベクターに相当する。それでは次の章において、GeeらによるNanoMEDICの研究を詳しく検討していこう。
NanoMEDICの発明
そもそもこの研究の発端となった要因として、アデノ随伴ウイルス(AAV)などのウイルスベクターによる免疫原性や、CRISPR/Cas9の懸念事項として有名なオフターゲット効果の発生が挙げられる。オフターゲット効果とは、CRISPR/Cas9におけるsgRNA配列のミスマッチの許容性などが原因で、本来の目的とは異なる別の標的の切断を起こし、不可逆的な遺伝子変異を引き起こす現象を指す[2]。オフターゲット効果が起こるということは、細胞や個体に目的の遺伝子変異を生じないために、望まない形質が生じうるということである。
CRISPR/Cas9の登場以降、主要なキャリアとして利用されてきたアデノ随伴ウイルスにおいても、オフターゲット効果の発生は無視できないほど起きうると報告されている[5]。堀田氏らによれば、アデノ随伴ウイルスベクターによるオフターゲット効果は、ゲノムの導入後、数年以上は細胞内で発現が持続することが原因の一つであるという。
そこで今回堀田氏らが開発したNanoMEDICは、ウイルスゲノムを持たないがウイルスに似た構造を持つキャリアであるという。NanoMEDICは、Nano Membrane-derived Extracellular vesicles for Delivery of macromolecular Cargoの略であり、Virus like particle (VLP)と呼ばれる細胞外小胞(EV)システムをカプセルに持つ。このカプセルには、HIVなどのレトロウイルス同様、Gagタンパクと呼ばれる膜を裏打ちするタンパク質が表面に存在している。
そしてこのカプセル内部にsgRNAとCas9を入れるわけだが、そこにもひと工夫がある。それはFKBP12, FRBと呼ばれるタンパク質である。堀田氏ららは、Cas9をFRBに結合させたFRB-Cas9、GagタンパクをFBKP12に結合させたFBKP12-Gagをデザインし、sgRNAについても安定してGag表面に誘導されるようにパッケージシグナルを付与させた。FRBはマクロライド系の薬剤であるラパマイシン類似体のAP21967に特異的に結合するような性質をもつため、この複合体にAP21967を添加することで、Cas9, sgRNAがGagを介してVLP内部に封入されるというわけだ。こうしてNanoMEDICは微小なサイズのCRISPR/Cas9のキャリア構造を実現しているのである(表2)。
アデノ随伴ウイルス(AAV) | NanoMEDIC | |
---|---|---|
構造 | AVVのウイルスゲノムを含まないカプシド構造. | VLP内部にFRB-Cas9、FBKP12-Gagを導入した構造 |
長所 | 血清型が数多く存在. 対象に応じて適応した血清型を用いることで、高い導入効率を実現可能。 | オフターゲット効果が起こりにくい.比較的大きな分子を輸送可能. |
短所 | オフターゲット効果が一定以上生じる。 | AAVと比べると遺伝子導入効率が低い |
ウイルスのカプシドに対する免疫反応が生じうる. | NanoMEDICのタンパク質に対する免疫反応が生じうる. |
堀田氏らは、このNanoMEDICを用いて、Duchenne型筋ジストロフィーをターゲットに研究を行った。Duchenne型筋ジストロフィーは、X染色体のフレームシフト変異によってDMD遺伝子に異常が起こり、筋細胞の骨格の裏打ちを行うジストロフィンタンパクの発現が低下する疾患である[6]。デュシェンヌ型筋ジストロフィーを発症すると、進行性の筋力低下症状が起こり、拡張型心筋症などによって死に至る。長らく治療が不可能な難病とされてきたが、近年、筋細胞の遺伝子においてエクソン・スキッピング(エクソンを一部読み飛ばして正常な翻訳を実現する)を利用した治療法が確立されつつある[7]。
その手法の一つとしてCRISPR/Cas9が提案されており、本研究はNanoMEDICを用いた治療を実現する上での礎となる実験が行われた。
まず、堀田氏らは、エクソン44が欠損したDuchenne型筋ジストロフィーの患者からiPS細胞を作成し、骨格筋細胞へと誘導した。そしてジストロフィンのエクソン45をターゲットとし、sgRNAのスクリーニングにより選ばれた2つのsgRNA(sgRNA-DMD1, sgRNA-DMD23)をターゲットにしてNanoMEDICを作成して実験を行った。その結果、CRISPR/Cas9によるエクソン45のスキッピングが高い効率で実現された。
次に、NanoMEDICによるオフターゲット効果についても、HEK293T細胞を用いて評価したところ、DNAプラスミドを用いたサイト比較して、オン/オフターゲット比(オフターゲット効果に対するオンターゲット効果の比率)は高い値を示しており、NanoMEDICが効率のよい輸送を実現できることが示唆された。
さらに堀田氏らは、生体レベルでもNanoMEDICの有効性を確認するために、先ほどと同様のNanoMEDICを筋ジストロフィーのモデルマウスに筋肉内注入した。なお、このNanoMEDICはエクソン45のスキッピングが実現すると蛍光を示すようにルシフェラーゼが導入されており、堀田氏らは160日間の間、定期的に蛍光活性を測定した。その結果、エクソン45のスキッピングの効果は160日目においても観測され、一度のNanoMEDIC筋肉注射により、エキソンスキッピングが安定して持続することが示唆された。
以上のように、効率のよいCRISPR/Cas9のキャリアとして開発されたNanoMEDICは、Cas9, sgRNAというCRISPR/Cas9の基本的なメカニズムはそのままで、高いゲノム編集効率を示すことが可能であることを示した。我々は新しいモノを開発する際、ついついモノだけに目をとらわれてしまうが、それを輸送する手段に着目するというのは非常に興味深い。今回はDuchenne型筋ジストロフィーをターゲットとしたが、そのほかの疾患においても、中身のsgRNAをうまく設計してやれば、NanoMEDICによって効率よくゲノム編集が実現できる可能性が高い。これはキャリア開発ならではのメリットだろう。CRISPR/Cas9などのゲノム編集は、あくまで外側から対象にモノを運んでこそ実現できるのであり、今回のような技術は、研究・開発における発想の転換の重要性を教えてくれる。NanoMEDICのようなキャリア開発から今後も目が離せないだろう。
(文責:柴田潤一郎)
参考文献
[1] 柴田潤一郎.「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」
[2] 徳島大学発の新しいゲノム編集技術”TiDシステム” ~世界に羽ばたく国産ゲノム編集~
[3] Gee, P., Lung, M.S.Y., Okuzaki, Y. et al. Extracellular nanovesicles for packaging of CRISPR-Cas9 protein and sgRNA to induce therapeutic exon skipping. Nat Commun 11, 1334 (2020). https://doi.org/10.1038/s41467-020-14957-y
[4] Lino CA, Harper JC, Carney JP, Timlin JA. Delivering CRISPR: a review of the challenges and approaches. Drug Deliv. 2018;25(1):1234-1257. doi:10.1080/10717544.2018.1474964
[5] Cradick, T. J., Fine, E. J., Antico, C. J. & Bao, G. CRISPR/Cas9 systems targeting -globin and CCR5 genes have substantial off-target activity. Nucleic Acids Res. 41, 9584–9592 (2013).