徳島大学発の新しいゲノム編集技術”TiDシステム” ~世界に羽ばたく国産ゲノム編集~

2020年11月、徳島大学の刑部敬史教授らによるグループによって行われたMicrocystis aeruginosa由来のCRISPR I-D (Microcystis aeruginosa TiD: MaTiD)を利用した植物のゲノム編集に関する研究結果が、Communication Biology誌に発表された[1]。今回は現在ゲノム編集の主要な技術となっているCRISPR/Cas9などと比較して、刑部教授の開発したTiDの技術を紹介したい。

CRISPR/Casの技術と課題

現在のゲノム編集の主要な技術となっているのは、セツロテックも取り組むCRISPR/Cas9である。CRISPR/Cas9はEmmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏によって開発された技術であり、TALEN, ZFNに続いて第3世代のゲノム編集ツールと呼ばれている。

開発した両氏らの論文[2]において、CRISPR/Casシステムは、「元々細菌・古細菌に存在する適応免疫システムの一つで、CRISPR RNA(crRNA)とトランス活性化型RNA(tracrRNA)が複合体を形成し、目的配列にCasタンパクを誘導することにより、配列特異的なDNA切断を実現する」と説明されている。

そもそもCRISPR/Casシステムは、クラス1とクラス2の大きく2つのクラスに分けることができる。さらに、それぞれのクラスは、クラス1がタイプⅠ, Ⅲ, Ⅳ、クラス2がタイプⅡ, Ⅴ, Ⅵに分類され、数多くのサブタイプを持つことがわかっている(表1)。

表1:CRISPR/Casシステムの分類

クラス クラス1 クラス2
タイプ タイプⅠ タイプⅢ タイプⅣ タイプⅡ タイプⅤ タイプⅥ
サブタイプ数 9 6 3 3 10 5
切断ドメイン Cas3, Cas10(TiD) Cas10 ? Cas9 Cas12a(Cpf1) Cas13
標的 DNA DNA /RNA ? DNA DNA RNA

このうち、先に述べたCRISPR/Cas9は、クラス2のII型に分類される[3]。そのほか、近年、新たなゲノム編集ツールとして注目されているCRISPR/Cas12aは、クラス2のV型に分類される。

このように、現在主にゲノム編集として使用されているのは、クラス2のCRISPR/Casシステムである。特に、CRISPR/Cas9は、ゲノム編集の効率を大幅に向上させ、遺伝生物学の進展において非常に重要な役割を果たしている。エレクトロポレーション法を利用したノックアウトマウスの作成や、感染症やがんの研究への応用など、その領域はとどまることを知らない[4][5][6]。

その一方で、CRISPR/Cas9には様々な問題点が指摘されている。最も重要なものとして、オフターゲット効果の存在が挙げられるだろう。オフターゲット効果とは、CRISPR/Cas9におけるgRNA配列のミスマッチの許容性などが原因で、本来の目的とは異なる別の標的の切断を起こし、不可逆的な遺伝子変異を引き起こす現象を指す[7]。このオフターゲット効果は、近年、CRISPR/Cas9において、これまでの想定以上に高い頻度で染色体の望まない変異を引き起こすことがわかってきた[8]。そのため、機械学習や深層学習を用いた様々なツールにより、対象のgRNAをより正確に予測しようとする試みも登場している。しかし、これらのツールにはまだまだ多くの課題が存在しており、オフターゲット効果の完全な解決には至っていない。これらの詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[9]。

そこで近年、細菌の免疫系のメインであるクラス1のCRISPR/Casの応用についても模索されてきた。もともと細菌の免疫系のメインであるクラスⅠ型はこれまでゲノム編集としてあまり利用されてこなかったが、クラス1のI-Eのサブタイプ(Cas3)が、哺乳類において広い範囲の遺伝子欠損を引き起こすことが見つかるなど、徐々に注目を集め始めている[10]。

そして今回の論文を発表した刑部教授らは、このクラス1のうち、タイプI-D型のCRISPR/Casシステムのゲノム遺伝子座を同定し、その主要となるたんぱく質群をCRISPR typeI-D関連タンパク質 (TiD)と名付けた。

Type I-D (TiD)について

まず、クラス1タイプIに分類されるCRISPR typeI-D関連タンパク質(TiD)の特徴を示す。TiDはCas3d, Cas5d, Cas6d, Cas7d, Cas10dの5つのタンパク質複合体を構造にもち、5’-GTA-3’, 5’-GTC-3’, 5’-GTT-3’の3種類のPAM配列を有する。さらに、gRNAは30塩基以上の標的配列を標的化するため、20塩基の配列をgRNAの標的としているCas9よりも特異性が高い。

そして、このTiDの構造の最大の特徴は、Cas10dがDNA切断因子として機能することにある。そもそも、クラス1タイプIのCRISPRシステムには、”CRISPR associated complex for antiviral defense (Cascade)”と呼ばれるCasサブユニット複合体と、標的DNA切断ドメイン(ヌクレアーゼドメイン)が含まれる。タイプIの多くのサブタイプは、ヌクレアーゼドメインはCas3内に含まれており、gRNAが標的DNAに結合することで、Cas3が誘導・活性化されて標的DNAを切断する。しかし、このTiDは、Cas3タンパク質そのものは持つものの、Cas3にはヌクレアーゼドメインが欠損している。その代わりにCas10dがヌクレアーゼドメインの構造を持っているのだ。

さらに、PAM配列を認識する上での主要な因子の一つであるCas8の相同タンパク質もTiDでは欠損している。したがって、TiDにおいて、PAM配列の認識を介した標的DNAの切断システムは、他のタイプIシステムとは異なるものと考えられている。以下の表はTiDの特徴をCRISPR/Cas9, Cas3システムと比較している(表2)。

表2:CRISPRシステムの比較

Cas9 (class 2, type-II) Cas3 (class 1, type I-E) TiD(class 1, type I-D)
ヌクレアーゼ Cas9 (endonuclease) Cas3e (helicase and nuclease) Cas10d(helicase, nuclease)
gRNA 20塩基 32塩基 35-36塩基
PAM配列 NGG AAG、AGG GTA、GTC、GTT
変異 短い塩基欠失/挿入 標的5’側の長鎖欠失 インデル(短い塩基欠失/挿入)+双方向の長鎖欠失
オフターゲット効果 少ない Cas9よりは少ない かなり少ない

TiDは以上のような特性により、従来のCas9やCas3をヌクレアーゼドメインに持つゲノム編集技術よりも、オフターゲット効果がかなり少ないことを特徴としている。これは標的DNAの切断が誘導できた場合、得られた細胞や個体が目的の形質を発現する確率が高いということを意味している。

刑部教授らによるトマトを用いたTiDの研究

ここからは、以上のTiDの性質の根拠となった、冒頭に紹介した刑部教授の植物のゲノム編集の研究について紹介したい。

TiDにおける機能的なヌクレアーゼとしてCas10dタンパク質を同定した刑部教授らは、これを用いて植物であるトマトの細胞のゲノムDNAの編集をすることを検討した。

そこで、まずはヒト細胞を用いたTiDを用いたゲノム編集の評価を行った。刑部教授らは、ヒト胚性腎細胞として世界中の実験で用いられているHEK293 (Human Embryonic Kidney cell)を使用し、Cas3d/Cas10dがともにTiDの活性に必要であることを示した。なお、以前の刑部教授らの研究[11]において、HEK293におけるヒト EMX1遺伝子(大脳の発生に関わる転写因子をコードする)をターゲットにTiD発現ベクターを使用してゲノム編集を行ったところ、PAM配列の前後におけるインデル(小さな挿入/欠失のこと)、長鎖ゲノム欠失変異が誘導可能であることが確認されている。

次に刑部教授らは、植物細胞特異的なプロモーターをもつTiD発現ベクターを設計し、gRNAとともに、植物であるトマトの細胞に組み込んだ。ここでgRNAは、SlIAA9遺伝子とSlRIN遺伝子の配列が標的とされた。解析はCel-1(*1)、PCR-RELP(*)、およびゲノムシークエンスなどの技術が使用された。

*1 Cel-1: 標的配列近辺のDNAを増幅した後、Cel-1酵素を用いてミスマッチ部位のゲノム変異を調べる技術。

*2 PCR-RELP: 制限酵素によって切断されたDNA断片の長さには個体ごとにばらつきがある(=多型)ことを利用した技術。PCRでDNAの切断を増幅し、その反応生成物を制限酵素により切断することにより、遺伝子の変異が生じているかどうかを調べることができる。

結果として、刑部教授らは、植物細胞であるトマトの細胞においても、ヒトのHEK293細胞を使用した時と同様に、標的ゲノム上にインデルと、長鎖ゲノム欠失変異を引き起こすことに成功した。なお、長鎖ゲノム欠失変異については、CRISPR/Cas9において生じる変異とは異なり、標的部位から双方向に向かって欠失が生じていることがわかった。

さらに刑部教授らは、TiDによるオフターゲット効果についても分析を行った。対象としたのは、トマトの4, 5番染色体全領域やSlIAA9遺伝子とSlRIN遺伝子領域などに加え、シロイヌナズナとイネの全ゲノム領域であり、これらに対してTiD とCRISPR/Cas9を適用し、オフターゲット効果について評価した。

その結果、TiDにおいては、CRISPR/Cas9と比較してオフターゲット配列が少ないことがわかった。これはオフターゲットが懸念の一つであったCRISPR/Cas9を上回る利点であり、植物のゲノム編集において、TiDが有効である可能性を示唆している。

以上の結果より、TiDが誘発する変異パターンは、CRISPR-Cas9やCRISPR-Cas3などの他のCRISPRシステムとは異なっており、TiDを用いて、オフターゲット効果の少ない新しいゲノム編集ツールを開発できることが示唆されている。

TiDの課題と展望

今回の研究において、刑部教授らは、TiDを用いて植物におけるゲノム編集技術が可能であることを世界に示した。日本で開発されたTiDという技術により行われた今回の研究成果は、単純に植物のゲノム編集の成功だけではない大きな意味合いを持っている。

現状、世界のゲノム編集のスタンダードとなりつつあるCRISPR/Cas9は、登場した時から、海外主要国のアカデミアを中心に次々と基本特許を成立させている。さらに、そのビジネスツールとしての価値の高さから、特許の有効性を巡る争いや成立した特許への異議申立てなど、利権争いが加熱しているという[12]。本来、効率よくゲノム編集を行うことができる画期的な技術であるはずのCRISPR/Cas9が、利権争いによってコストが高騰するリスクがあるというのは、なんとも皮肉なことであろう。このままでは、日本におけるゲノム編集の研究開発費用にも大きな影響が出ることは避けられないだろう。

そんな中、日本の徳島大学で開発されたTiDは、日本のゲノム編集技術界の救世主となる可能性を秘めているといえる。現状、TiDはCRISPR/Cas9よりは切断効率が高くないとも言われているため、ゲノム編集細胞を選択的に抽出する工程に工夫が必要であることなど、解決していくべき課題も数多く存在する。しかし、今回のTiDにより、ゲノム編集トマト系統がオフターゲット効果なしに次世代に受け継がれたという研究結果を皮切りに、ゲノム編集の世界が大きく変わってゆく可能性はあるといえる。セツロテックでは、刑部教授らと共同研究を展開し、動物細胞におけるTiDの反応性を検討するなどの協力関係にあり、TiDを動物細胞で利用するライセンス契約も締結済みである。製薬会社などでまずは動作検証を行いたいなどのニーズに対し、受託試験で対応できるサービスを提供している。今後、TiDの技術がより洗練されてゆけば、TiDがCRISPR/Cas9に取って変わる新たなゲノム編集技術となるかもしれない。刑部教授らの手により、日本の徳島から世界に羽ばたこうとしてTiDの動向に、我々は今後も目が離せないだろう。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] Osakabe, K., Wada, N., Miyaji, T. et al. Genome editing in plants using CRISPR type I-D nuclease. Commun Biol 3, 648 (2020).

[2] Makarova, K. S. et al. An updated evolutionary classification of CRISPR-Cas systems. Nat. Rev. Microbiol. 13, 722–736 (2015).

[3] Zetsche B, Gootenberg JS, Abudayyeh OO, et al. Cpf1 is a single RNA-guided endonuclease of a class 2 CRISPR-Cas system. Cell. 2015;163(3):759-771. doi:10.1016/j.cell.2015.09.038

[4] Harms DW, Quadros RM, Seruggia D, et al. Mouse Genome Editing Using the CRISPR/Cas System. Curr Protoc Hum Genet. 2014;83:15.7.1-15.7.27. Published 2014 Oct 1. doi:10.1002/0471142905.hg1507s83

[5] Ghorbal, M., Gorman, M., Macpherson, C. et al. Genome editing in the human malaria parasite Plasmodium falciparum using the CRISPR-Cas9 system. Nat Biotechnol 32, 819–821 (2014).

[6] Carl H. June, et al. CRISPR-engineered T cells in patients with refractory cancer. Science 367, eaba7365 (2020)

[7] Zhang XH, Tee LY, Wang XG, Huang QS, Yang SH. Off-target Effects in CRISPR/Cas9-mediated Genome Engineering. Mol Ther Nucleic Acids. 2015;4(11):e264. Published 2015 Nov 17. doi:10.1038/mtna.2015.37

[8] Kosicki M, Tomberg K, Bradley A. Repair of double-strand breaks induced by CRISPR-Cas9 leads to large deletions and complex rearrangements. Nat Biotechnol. 2018;36(8):765-771. doi:10.1038/nbt.4192

[9] 柴田潤一郎.「Machine learningとCRISPR/Cas9 -バイオインフォマティクスの発展と課題-」

[10] Dolan, A. E. et al. Introducing a spectrum of long-range genomic deletions in human embryonic stem cells using type I CRISPR-Cas. Mol. Cell 74, 936–950 (2019).

[11] Osakabe K., Wada N., Murakami E., Osakabe Y. Genome editing in mammals using CRISPR type I-D nuclease. bioRxiv. 2020:991976. doi: 10.1101/2020.03.14.991976.

[12] 橋本 一憲、廣瀬咲子 「ゲノム編集技術の基本特許を巡る国際的動向及び研究開発への影響と対策」

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