CRISPR/Cas9の静脈注射で夢の難病治療? ~ゲノム編集医療のこれまでとこれからを考える~

第一相試験の結果はいかに

2021年8月5日、世界で最も権威のある英文医学雑誌とされる”The New England Journal of Medicine (NEJM)”に投稿された1つの論文が、医療関係者を中心に大きな注目を集めている[1]。それはJulian D. Gillmore氏らによって投稿された”CRISPR-Cas9 In Vivo Gene Editing for Transthyretin Amyloidosis”であり、CRISPR/Cas9を用いたトランスサイレチンアミロイドーシスの治療に関する第一相の治験成績に関する論文である。

この論文が注目を集めているのは、今回のCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集治療が、注射によって患者の静脈から血液中に製剤を投与する「静脈注射治療」であることが理由の一つだろう。著者のJulian D. Gillmore氏らによると、治療製剤を投与された患者群は、従来の治療よりも少ない副作用で症状の緩和が見込める結果となったという。この結果は、一般的な治療と同様に静脈注射による治療がゲノム編集治療においても実現可能であることを示唆しており、医学的に非常に重要な意義を持っていると言えるだろう。

そこで今回は、この論文の詳しい解説とともにCRISPR/Cas9を用いた遺伝子治療の歴史と未来を考えていきたい。

CRISPR/Cas9によるゲノム編集治療とその歴史

まずは簡単にゲノム編集医療についてまとめておこう。現在主流となっているゲノム編集技術は2013年に発表されたCRISPR/Cas9である。CRISPR/Cas9は、1996年に発表された第一世代のZFN、2010年の第二世代のTALENに引き続いて発表された第三世代のゲノム編集技術であり、昨年には考案者のEmmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏らがノーベル化学賞を受賞したことでも知られている。CRISPR/Cas9は、標的のDNA配列を、tracrRNAと複合させたガイドRNAとcrRNA、さらにCas9と呼ばれるハサミの役割を持つ物質と一緒に導入することで、その配列を特異的に切断する。これにより目的の遺伝子をノックアウトさせたり、DNA切断に伴う修復機構を利用し、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子をノックインさせたりすることもできるという技術である。(CRISPR/Cas9についての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[2]。)

そしてゲノム編集治療は、このゲノム編集技術を用いて、疾患の原因となっている遺伝子を直接編集し、タンパク質の機能改善や異常なタンパク質の発現を低下させて疾患の治療を試みるというものである。一般的な疾患治療は、それぞれの症状を緩和させることを目的とした対症療法や、疾患の原因となっているタンパク質やその受容体を抗体製剤などで阻害するものが多いが、ゲノム編集治療は、疾患の原因となっている遺伝子そのものにアプローチする治療であるため、根治の見込みが高い技術として期待されているのだ。

ヒト細胞の治療にゲノム編集技術が初めて利用されたのは、2005年にNature誌に掲載されたUrnov F.D. 氏らによるZFNによる研究である[3]。この研究では、IL2Rγ遺伝子の異常を原因とするX連鎖重症複合免疫不全症(SCID)がターゲットとされ、導入を試みたヒト細胞のうち約18%に遺伝子改変が生じ、正常なIL2Rγが発現したことが確認された。

また、2009年には、ZFNによりHIV(ヒト免疫不全ウイルス)がT細胞に進入する際に利用する受容体であるCCR5を対象とした研究[4]が開始されるなど、ゲノム編集による治療は着々と注目を集めてきた。

第三世代のCRISPR/Cas9が臨床試験として利用されたのは2016年が最初である。中国や米国で開始されたこの治験は、T細胞の免疫チェックポイントに関わるPD-1をノックアウトすることで、がん細胞を殺すというメカニズムのもと試験が開始された。(こちらの詳細は筆者が[2]で説明しているためそちらを参照されたい。)

ここで注目すべきは、2013年にCRISPR-Cas9が登場してから、わずか3年で臨床試験が開始されたという点である。この期間の短さからもCRISPR-Cas9によるゲノム編集医療に大きな期待が寄せられていることがわかるだろう。その後も、[5]で筆者が紹介した鎌状赤血球症・サラセミアなどの血液疾患や、Parkinson病といった神経疾患[6]など、さまざまな疾患に対する研究が日々進行している。

それではここから今回のNEJMの論文で治療対象となったトランスサイレチンアミロイドーシスについて詳しく見ていくことにしよう。

トランスサイレチンアミロイドーシスとは?

トランスサイレチンアミロイドーシスとは、「アミロイド」と呼ばれる異常なタンパク質が全身のさまざまな臓器や組織に蓄積する「アミロイドーシス」の一つである。アミロイドとは、βシートと呼ばれるシート状の構造を持つ不溶性の線維性タンパク質であり、現在既に30種類以上が存在することが知られている[7]。アミロイド自体は、人体に存在する一般的なタンパク質とは違い、構造性・支持性・運動性の機能を持たないものの、アルツハイマー病、二型糖尿病、多発性硬化症などのさまざまな疾患において患者の臓器や組織にアミロイドが蓄積していることが病理学的に示されている。特にアルツハイマー病では、βアミロイドと呼ばれるアミロイドの一種が疾患の原因であるとする説もあり、最近では日本のエーザイが、βアミロイドに対する抗体製剤(アデュカヌマブ)を開発し、米食品医薬品局(FDA)がアルツハイマー治療薬として承認したことは記憶に新しい[8]。

そしてこれらの疾患と同様、トランスサイレチンアミロイドーシスもトランスサイレチン型のアミロイドがさまざまな臓器や組織に蓄積する疾患である。トランスサイレチンは、肝臓で作られて甲状腺ホルモンやビタミンAを血液中に運搬するタンパク質である。トランスサイレチンアミロイドーシスの患者においては、このトランスサイレチンが安定性を失ってアミロイドとなり、心臓や神経系に蓄積することが分かっている[9]。(なお、このアミロイドそのものが疾患の原因となっているという因果関係までは現在のところ示されていない。)患者は蓄積する部位によってさまざまな症状を呈し、中枢神経障害や感覚運動性のニューロパチー、自律神経障害といった神経症状、腎障害、心筋障害、硝子体混濁などが生じる。症状が進行すれば10年ほどで死に至ることもある恐ろしい難病である。
このトランスサイレチンアミロイドーシスには以下の2つのタイプがある。

①家族性(遺伝性)トランスサイレチンアミロイドーシス
DNAの異常により、体内で不安定なトランスサイレチンが合成・蓄積されることで症状が見られるタイプである。遺伝形式は常染色体優性遺伝であり、患者が変異TTR遺伝子のヘテロ接合体である場合、その子供は50%の確率で変異を受け継ぐことになる。なお、今回のNEJMの論文で治験対象となったのはこちらの家族性のトランスサイレチンアミロイドーシスである。

②野生型トランスサイレチンアミロイドーシス
こちらは遺伝性ではなく、主に加齢によってトランスサイレチンが不安定化し、臓器や組織に蓄積することでトランスサイレチンアミロイドーシスの症状を示すタイプである。

トランスサイレチンアミロイドーシスの世界の患者は約5万人とされている。中でも日本は家族性トランスサイレチンアミロイドーシスの患者の集積地の一つであると言われており、推定患者数は700名ほどだ[10]。
主な治療としては、
(1)トランスサイレチンの産生を低下させる
(2)トランスサイレチンを安定化させる
(3)蓄積したトランスサイレチン型アミロイドを分解する
といった3つの観点からいくつかの治療薬が登場しており、(1)はPatisiranやInotersen、(2)はTafamidsやDiflunsial、(3)は抗菌薬のDoxycyclineなどが治療に利用されている。しかし、いずれも完全な寛解が得られるわけではなく、副作用も大きな問題となっている。

それではトランスサイレチンアミロイドーシスのことがある程度理解できたところで、今回のNEJMに投稿された論文[1]について詳しく見ていこう。

CRISPR-Cas9 In Vivo Gene Editing for Transthyretin Amyloidosis

本論文[1]によれば、家族性トランスサイレチンアミロイドーシスがCRISPR/Cas9を用いた治療方法として適しているのは、次のような理由があるからだという。

①家族性トランスサイレチンアミロイドーシスは単一遺伝子TTRの異常による疾患であるため、複数遺伝子疾患よりも遺伝子のノックアウトの難易度が低い。
②トランスサイレチンはほとんどが肝臓の肝細胞で産生されるうえ、甲状腺ホルモンとの機能はビタミンAの運搬に限られるため、これはビタミンAの補給によって代償可能である。

そこで彼らは、肝細胞のTTR遺伝子をCRISPR/Cas9によってノックアウトする静注の薬剤を開発し、NTLA-2001と名付けた。NTLA-2001は溶連菌(Streptococcus pyogenes)由来のCas9タンパク質をもち、脂質ナノ粒子(LNP)と呼ばれる輸送体の構造を持つ。(脂質ナノ粒子輸送体についての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[11]。)

静注されたNTLA-2001のLNPは、コレステロール代謝に関わるタンパク質のアポリポタンパク質Eと結合し、低密度リポタンパク質受容体を介して肝細胞にエンドサイトーシスによって取り込まれる。そうして肝細胞に取り込まれたNTLA-2001は、CRISPR/Cas9システムによって患者のTTR遺伝子をノックアウトさせ、トランスサイレチンの発現量を低下させる。トランスサイレチンはほとんどが肝臓で産生されるため、肝臓を標的にしたこの送達システム(Drug Delivery System, DDS)は、全身への副作用を最小限に抑えたまま目的の効果を発揮できることが期待されている。なお、トランスサイレチンアミロイドーシスは常染色体優性遺伝であるため、NTLA-2001は変異型TTR遺伝子と健康な野生型TTR遺伝子を両方ノックアウトさせることになるが、健康な野生型TTR遺伝子をノックアウトさせても、ビタミンAの補給により生理学的に問題は生じないと説明されている[12]。

このNTLA-2001の治験の対象となったのは、多発神経障害を有する家族性トランスサイレチンアミロイドーシスの患者6人(46歳から64歳でうち4人が男性)であった。患者のうち3人はp.T80A遺伝子、2人はp.S97Y遺伝子、そして1人はp.H110D遺伝子の変異を持つタイプであった。投与方法は全員が静注による単回投与であり、28日間の有害事象および血中トランスサイレチン濃度が測定された。

その結果、6人中3人が軽度の副作用を伴ったが、いずれも治験を中止するような重大な有害事象は認められなかった。そして肝心の血中トランスサイレチン濃度は、28日間の測定において、体重1kgあたり0.1 mgの用量で投与された患者グループで平均52%、1kgあたり0.3 mgを投与されたグループで平均87%が低下したことが観測された。また、この減少率は用量依存的であったことも示された。

今回の結果を受け、著者のJulian D. Gillmore氏らは、静脈注射で治療が可能であり、かつ単回投与で永続的に効果が期待できるNTLA-2001の大きな可能性を主張している。今後の課題としては、患者のビタミンA補充などのフォローアップ、第2相試験以降の適切なNTLA-2001投与容量の決定、オフターゲット効果のリスクを低減するためのNTLA-2001の改良などが挙げられている。(オフターゲット効果についての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[13]。) これらの改善により、世界初の静脈注射によるゲノム編集治療薬が誕生し、難病治療技術が大きく進展していくことを期待したい。

ゲノム編集医療の未来

今回はトランスサイレチンアミロイドーシスを中心にゲノム編集医療について注目した。途中で紹介したように、今回の治験以外にも複数のCRISPR/Cas9を用いた治験が進行中である。ゲノム編集医療の特筆すべき点は、治療方法がより根治的であるという点であり、さらに今回の静脈注射のような低侵襲での治療が可能になれば、患者のQOLも大きく改善が期待できるだろう。もちろん、治療対象となる疾患にも限界はあり、治療開発のための資金など、解決すべき問題は数多くあるだろう。しかし、CRISPR/Cas9が登場してからの臨床試験の進歩はめざましく、今後もさまざまな技術をハイブリッドさせた画期的な治療が登場していくだろう。われわれを悩ます疾患に打ち勝てる日はそう遠くはないかもしれない。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] Gillmore JD, Gane E, Taubel J, et al. CRISPR-Cas9 In Vivo Gene Editing for Transthyretin Amyloidosis. N Engl J Med. 2021;385(6):493-502. doi:10.1056/NEJMoa2107454

[2] 柴田潤一郎.「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」

[3] Urnov FD, Miller JC, Lee YL, et al. Highly efficient endogenous human gene correction using designed zinc-finger nucleases. Nature. 2005;435(7042):646-651. doi:10.1038/nature03556

[4] Hütter G, Nowak D, Mossner M, et al. Long-term control of HIV by CCR5 Delta32/Delta32 stem-cell transplantation. N Engl J Med. 2009;360(7):692-698. doi:10.1056/NEJMoa0802905

[5] 柴田潤一郎. 「ゲノム編集で血液疾患を治療する -鎌状赤血球症とβサラセミアに挑む-」

[6] CRISPR in Parkinson’s Disease: Research, Gene Therapy, and Future Possibilities

[7] Rambaran RN, Serpell LC. Amyloid fibrils: abnormal protein assembly. Prion. 2008;2(3):112-117. doi:10.4161/pri.2.3.7488

[8] Aducanumab (marketed as Aduhelm) Information

[9] Amyloidosis: ATTR (transthyretin)

[10] 「トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー」 (ATTR-FAP)をご存じですか? ~明日6月10日は「世界ATTR啓発デー」~

[11] 柴田潤一郎 「NanoMEDICによるCRISPRの効率化~ナノサイズの分子輸送体がゲノム編集の要となる〜」

[12] Büning, H., Schambach, A. A first step toward in vivo gene editing in patients. Nat Med(2021). https://doi.org/10.1038/s41591-021-01476-6

[11] 培養肉のメンフィス・ミーツ、ソフトバンクなどから1.6億ドル調達

[12] Method for scalable skeletal muscle lineage specification and cultivation

[13] 柴田潤一郎 「Machine learningとCRISPR/Cas9 -バイオインフォマティクスの発展と課題-]

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