ゲノム編集により食品問題に立ち向かう米国企業 〜米国株ブームから見えてくる今後の期待と問題点〜

米国株ブームの到来

人生100年時代構想。これは長寿社会となった現代において、人生100年時代を見据えた経済社会システムを創り上げるための構想として、平成29年に本邦の厚生労働省によって提案されたものだ[1]。

現代の日本は、経済的成長や医療技術の進歩によって健康寿命が世界一の長寿社会となっている。これは喜ばしいことではあるが、その一方で必要な老後資金が増加していることも意味している。生命保険文化センターが行った「令和元年度 生活保障に関する調査」によると、夫婦2人で老後生活を送る上で必要と考えられている最低日常生活費は、月額平均で22.1万円、さらに経済的にゆとりのある老後生活を送るために最低日常生活費以外に必要と考えられている金額は、月額平均14.0万円と報告された。その一方で、年金の月額平均受給額は、国民年金で5.60万円、厚生年金を含めても14.5万円であり、夫婦二人分を合算しても必要額に到達しているとは言いがたい[3]。超高齢化社会により年金額は今後も減少していくと考えられるため、若い世代はこれまで以上に老後を見据えた貯蓄が必要だろう。

こうした背景を踏まえ、2018年1月からスタートした、少額からの長期・積立・分散投資を支援するための非課税制度であるつみたてNISA、個人型の確定拠出年金であるiDeCoなど、個人の年金を拠出していく様々な仕組みが推奨されている。中でもその手段の一つとして、近年では本邦でも米国株投資が注目されているだろう。ニューヨーク証券取引所、NASDAQなど、米国の投資市場は世界最大であり、ここ数年の法改正等によって個人投資家の参入が数多く見られている。もちろん投資にはリスクがつきものであり、歴史的乱高下を見せたゲームストップ株などは記憶に新しいだろう[4]。しかし、適切に資産を運用することで、労働所得とは違った形で自分の財布を作ることへと繋がるため、投資は資産形成の手段の一つとして有効といえるだろう。

今回はそうした株価の高騰が見られる米国企業の中でも、遺伝子組み換え技術やゲノム編集技術を扱う企業としてNASDAQ に上場する、Aqua Bounty TechnologiesとCalyxtについて紹介したい。

Aqua Bounty Technologiesについて

Aqua Bounty Technologies(以下、AQB)は、米国マサチューセッツ州に拠点を置く企業であり、遺伝子組み換え技術によりアトランティックサーモンなどの水産養殖の研究・開発を行っている[5]。

アトランティックサーモンは、北大西洋に面する多くの国々で、古くから釣りの好対象として、また食品として親しまれてきた。しかし、近年、水質汚染や乱獲による個体数の減少が原因で天然物の市場流通量が減少し、多くの流通品は養殖となっている。

そこでAQBは、アトランティックサーモンの生産性を向上させるために、アトランティックサーモンがそのほかの種と同様、稚魚の生存率が低く、成魚になる個体数の割合が低いことに注目した。そして、成長ホルモンの投与が多種多様な魚類の成長の向上に寄与するという過去の研究[6]などを元に、チヌークサーモンの成長ホルモンの発現に関わるopAFP-GHc2遺伝子をアトランティックサーモンに組み込み、従来よりも早く成長するアトランティックサーモンの研究・開発を行ってきた[7]。同社はこのアトランティックサーモンを「AquAdvantage® Salmon」と名付け、遺伝子組み換え技術による食品利用を目的とした世界初の動物食品として、1996年よりアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)に承認申請を行ってきた。実際にその承認に至ったのは2015年11月であり、実に20年近くもかかってのことであった。

そして来たる2020年11月、同年内に米国の流通業者に遺伝子組み換えサーモンを販売する準備が整うとの見込みを発表したことで、同社の株価が一気に高騰することとなる。2020年11月上旬には1株約4ドルほどだった株価は、2021年1月下旬には一時1株約12ドルを記録し、わずか3ヶ月ほどで3倍ほどにまで高騰した[9]。2021年2月5日の時点で時価総額は531,663千ドルとなっており、今後の流通量次第ではますます株価が上昇していく可能性もあるだろう。AQBの成長に伴い、我々の食卓にAQBのAquAdvantage® Salmonが並ぶ日もそう遠くはないかもしれない。

Aqua Bounty Technologiesへの逆風と未来

しかし、FDAの認可に約20年も要したことからも分かるように、AQBがここまで来るためには非常に長い道のりがあった。

AquAdvantage® Salmonは、遺伝子組み換え技術により作成された生物である。そのため、本来はアトランティックサーモンの生産性の向上を目的としたAQBの取り組みが、マスメディアによって「生物工学により生み出されたフランケンフィッシュ」などと報じられ、安全ではない食品というレッテルを貼られ続けてきた。FDAの承認を受けるためには、外部から導入された遺伝子が複数世代にわたって安定していることを実証することが求められたが、それ以上に一般社会から受け入れられることも大きな障壁となっていたのだ。実際、FDAの承認がされた今でも、依然としてAquAdvantage® Salmonに対する一般社会の警戒心は強い。米国大手スーパーのホールフーズマーケットなどはAquAdvantage® Salmonを取り扱わないことを宣言しており、AQBの今後のマーケティングや、実際に流通することでどれほど受け入れられていくかが重要になっていくだろう。

また、AquAdvantage® Salmonの研究が始まった当初には存在しなかった、効率の良いゲノム編集ツールが登場していることにも目を向けたい。現在、ゲノム編集における主要な技術は、セツロテックも取り組むCRISPR/Cas9である。ZFN, TALENと呼ばれる編集技術に次いで生まれた第三世代のゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9は、Emmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏らによって提唱された。CRISPR/Cas9は、標的のDNA配列を、tracrRNAと複合させたガイドRNAとcrRNA、さらにCas9と呼ばれるハサミの役割を持つ物質と一緒に導入することで、その配列を特異的に切断する。これにより目的の遺伝子をノックアウトさせたり、DNA切断に伴う修復機構を利用し、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子をノックインさせたりすることもできる(CRISPR/Cas9についての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[10])。

当初はコストがかかるゲノム編集も、CRISPR/Cas9の台頭により効率よく、行うことができるようになってきた。これらのゲノム編集ツールにより、今後も様々な遺伝子組み換え生物が誕生し、我々の食卓問題を解決してくれる日が訪れることを期待したい。

Calyxtについて

続いて紹介するのは、Calyxt(以下、CLXT)である。CLXTはAQBと同様、米国マサチューセッツ州に拠点を置く企業であり、植物のゲノム編集により健康によい食物油や高食物繊維小麦の研究・開発を行う企業である[11]。

CLXTはCRISPR/Cas9ではなく、第二世代のTALENを採用して研究を行ってきた。これはCLXTのCSOのDan Voytas氏がTALEN の開発に関わってきたという背景がある。
しかし、CLXTがAQBと根本的に異なるのは、AQBが遺伝子組み換え食品の開発を行うのに対し、CLXTはゲノム編集技術応用食品の開発を行っているという点である。遺伝子組み換え食品は、その編集の過程で、対象のゲノムに外来の遺伝子を組み込む。例えばAquAdvantage® Salmonでは、アトランティックサーモンにチヌークサーモンの遺伝子を導入している。一方、ゲノム編集技術応用食品とは、ゲノムの特定の塩基配列を認識するガイドRNAと呼ばれる定規のような物質と、DNAを切断するハサミのような酵素を細胞内に導入することによってその配列を切断し、ゲノムに変異を起こすことで作られた食品である。そのため、ゲノム編集による生物は、自然界においても起こりうる変異と理論上区別ができないという性質をもち、遺伝子組み換え食品よりも規制が緩和されている。日本でも、2019年の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会などの決定により、ゲノム編集食品の場合は、販売に際してゲノム編集食品である旨を表示する義務が無いと決定された。(遺伝子組み換え食品とゲノム編集食品の詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[12])。

CLXTは2018年にアイオワ州などの農家と大規模契約を締結し、ゲノム編集による大豆の生産を行ってきた。この大豆は人類史上で初めて、収穫の効率化や天候不順に対処するためではなく、消費者の健康に合わせて手を加えられた作物である。現在では、その大豆を用いた大豆油「Calyno」の販売を行っており、米国の中西部などのレストランを中心に提供されているとのことだ[13]。また、高食物繊維小麦についても、2018年の時点で、米国農務省は特別な規制は不要とであると回答しており、特殊な評価をせずともゲノム編集小麦を生産し、販売することができるようになっている[14]。

そしてCLXTの株価についても、2020年11月上旬には1株約4ドルほどだったが、2021年2月に入り11ドルを記録するなど、こちらも高騰を続けている。米国株の強い相場の影響はあるものの、CLXTの時価総額は2021年2月5日の時点で397,708千ドルとなっており、AQBと並びゲノム編集業界への期待が窺える格好となっている[15]。

株価から窺えるゲノム編集の今後

今回は扱ったAQB, CLXTの株価の高騰からも窺えるように、遺伝子組み換え技術、ゲノム編集技術による食品への介入には大きな期待がされている。もちろん、こういった食物の安全性の確保、一般社会の警戒認識など、まだまだ乗り越えるべき壁は数多く存在する。

しかし、昨年ノーベル賞を受賞したCRISPR/Cas9の台頭により、ゲノム編集は画期的な進歩を遂げ、我々の生活への応用に向けて、確実に進歩していることも事実だ。アトランティックサーモンや大豆油など、生活に根付く食品の導入を農業大国の米国が先陣を切って進めることで、世界中で同様の研究・開発が進展していくことが期待できる。その結果、セツロテックにも追い風が吹き、日本の食品業界を救うための火種となることを期待したい。

そのためには、ゲノム編集、遺伝子組み換えなどに対し、我々がより一層、興味・関心を抱き、その是非を議論することで、人類にとって最適な方向に向かっていくことが大切だろう。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] 厚生労働省 「人生100年時代構想会議」

[2] 生命保険文化センター 「令和元年度 生活保障に関する調査」

[3] 厚生労働省 「令和元年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」

[4] 日本経済新聞 「米ゲームストップ株騒動 日本のカリスマ個人はこう見た」

[5] Aqua bounty Technologies

[6] Du SJ, Gong ZY, Fletcher GL, Shears MA, King MJ, Idler DR, Hew CL (1992b) Growth enhancement in transgenic Atlantic salmon by the use of an ‘’all fish’’ chimeric growth hormone gene construct. Bio/Tech- nol (NY) 10:176–181

[7] Yaskowiak ES, Shears MA, Agarwal-Mawal A, Fletcher GL. Characterization and multi-generational stability of the growth hormone transgene (EO-1alpha) responsible for enhanced growth rates in Atlantic Salmon. Transgenic Res. 2006 Aug;15(4):465-80. doi: 10.1007/s11248-006-0020-5. Erratum in: Transgenic Res. 2007 Apr;16(2):253-9. PMID: 16906447.

[8] AquAdvantage® Salmon Environmental Assessment

[9] Yahooファイナンス 「アクアバウンティ・テクノロジーズ」

[10] 柴田潤一郎.「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」

[11] Calyxt

[12] 柴田潤一郎 「食料問題にCRISPR/Cas9で立ち向かう -ゲノム編集の実益と規制のあり方-」

SHARE