遺伝子編集でミツバチの免疫を増強!?

感染症と人類の闘い

2019年、中国の武漢から感染が拡大したCOVID-19は、2021年の5月の現在においても、感染者は拡大の一途を辿っている。本邦でも、東京、大阪を中心に、緊急事態宣言のさなか連日1000人近い感染者を出し続けている。

一般に、感染症のパンデミックは我々にとって危機的な状況をもたらす。感染症そのものによる身体的な症状だけではなく、経済活動の縮小や対面活動の減少による社会的な影響など、我々の生活に与える影響は、想像するよりもはるかに大きく、多面的である。

こうした感染症に対して、我々はこれまで様々な対策を行ってきた。ワクチンや治療薬などの医薬品開発、医療機関における治療器具の開発、そして医療関係者の知見の蓄積による治療技術の進歩など、医療界だけでもさまざまなことが挙げられる。

また、細菌感染症の多くは我々が日常触れるものに潜んでいるため、経済発展による衛生環境の改善は、我々の感染源への接触リスクを低減させている。

そのほか、一般人の行動レベルでは、マスクの着用、消毒の徹底などにより感染が抑えられていることもあるだろう。実際、例年感染者を多く出し、高齢者の死の原因ともなるインフルエンザは、2020年のコロナ対策に乗じて、感染者が例年と比べて劇的に減少している[1]。

ちなみに、冒頭のCOVID-19に対しては、感染拡大からわずか一年ほどで、PfizerやModernaなどの大手製薬企業によるワクチンが完成され、いくつかの国では感染収束への希望が見え始めているほか、重症患者に対するICU (Intensive Care Unit)での管理の知見も蓄積されるようになってきた。我々が手を打つ対策の全てが成果を出しているわけではないが、人類の叡智により多くの命が守られていると言えるだろう。

しかし、我々が戦ってきたのは、このような人類に感染する感染症だけではない。ありとあらゆる動植物が、この長い歴史において常に感染症にその存在を脅かされ、人類への間接的な影響を及ぼしてきた。ペットとして飼われている犬では犬レプトスピラ症、猫では猫白血病ウイルス感染症などが有名だ。家畜として飼われている動物では、高病原性鳥インフルエンザ、牛海綿状脳症(BSE)などが世界中で問題となっている。これらはひとたび感染が確認されると、同畜産場の家畜が一度に殺処分にさらされるなどの破滅的な影響をもたらす。日本国内では、毎年数多くの鶏が高病原性鳥インフルエンザによって殺処分されていることがニュースにあがっており、牛海綿状脳症(BSE)についても、2003年にアメリカ合衆国においてBSE牛が発生した事に伴い、農林水産省が2005年末まで米国産牛肉の輸入を禁止したことを覚えている方も多いだろう[2]。

このような感染症は、動物を飼育したり食用として利用したりする人間にも多大なる被害をもたらすため、長きにわたりこれらの対策に人類はコストを割いてきた。近年、その波は加速しており、使用される技術も格段に進歩しつつある。今回はその中でも、食卓に欠かせない蜂蜜を生み出すミツバチの感染症に関して紹介していきたい。

ミツバチの市場

まずは我が国の養蜂業のデータを参照してみよう。農林水産省が発表している平成24年以降の日本国内の養蜂飼育戸数、生産量等に関するデータは以下の表とグラフの通りである(グラフ1, 表1)。平成25年の増加は、平成24年の法改正により、届出義務を業として蜜蜂の飼育を行う者以外の蜜蜂の飼育を行う者にも拡大したことによるもので、それ以降は横ばいで推移している[3]。

表1:平成24年以降の蜜蜂業の状況
区分 H24年 H25年 H26年 H27年 H28年 H29年 H30年 R元年 R2年
飼育戸数 (戸) 5,934 8,312 9,306 9,567 9,452 9,395 9,578 9,782 10,021
蜂群数 (千群) 184 204 210 213 212 213 213 215 213
平均蜂群数 (群) 31.1 24.5 22.5 22.3 22.4 22.8 22.2 22.0 21.3
生産量 (トン) 2,778 2,872 2,839 2,865 2,754 2,827 2,826 2,911
輸入量 (トン) 36,823 39,030 37,870 36,222 48,445 42,821 44,521 44,788

また、国内のミツバチの生産上位5県は長野県、北海道、秋田県、熊本県、青森県であるほか、輸入に関しては、例年約7割を中国から輸入している。保存食や調味料、近年では健康食としても注目を集めている蜂蜜は、これからも需要が増大していくことが予想されるだろう。

ミツバチの感染症と被害

ここまで国内の蜂蜜の生産、輸入状況を見てきたが、その中でミツバチにも一定の被害が発生していることが農林水産省から公開されている。天候やクマによる被害などもミツバチの被害としてあげられるが、ここでは感染症によるミツバチの被害を考えていきたい。そこで、それらを参照前に、主なミツバチの感染症をいくつか見てみよう(表2)。

表2:ミツバチの感染症の例
病名 原因媒介生物 疾患の特徴など
バロア病[3] ミツバチヘギイタダニ ミツバチヘギイタダニがミツバチの成虫や幼虫に寄生し、蜜蜂の弱体化、矮小化し、ウイルス感染の媒介も引き起こす。
腐蛆病[4] アメリカ腐蛆病菌/ヨーロッパ腐蛆病菌 アメリカ腐蛆病は、アメリカ腐蛆病菌の芽胞がミツバチの幼蛆に経口感染し、敗血症死を引き起こす。
ヨーロッパ腐蛆病は、ヨーロッパ腐蛆病菌に汚染されたミツ、花粉などをミツバチの幼虫が給餌され感染することで死をもたらす。
サックブルード病[5] サックブルードウイルス 感染蜂児の脂肪や筋肉組織に感染する。トウヨウミツバチでは重篤な被害をもたらすことはしばしば報告されている。

これらの感染症のうち、バロア病を中心としたダニによる感染症の被害は以下の表3の通りである。表から分かるように、令和元年には、ここ数年と比較してもかなり大きな被害となっていることが伺える。このデータを表1と比較しても、生産量に対して少なくない割合の蜂蜜が、ダニの感染症によって被害に遭っていることが分かるだろう。

表3:ダニによる被害状況の推移
H29年 H30年 R元年
被害件数 (件) 277 252 440
被害蜂群数 (群) 7,530 6,441 30,014

こうした感染症に対しては、これまで農薬などが使用されてきたが、農薬はミツバチそのものにも影響を与えてしまうため、蜂蜜を食する人間への健康被害が懸念されている。2017年に千葉工業大学の亀田教授により行われた調査によれば、東北から沖縄の9都県で集めた73サンプルのうち、6割超のミツバチのサンプルで国の農薬に関する暫定基準を上回ったという[6]。このように、農薬の使用と健康被害はトレードオフにあると言えるため、感染症対策としての農薬は必ずしも最適解とは言えない。

それでは、ミツバチの感染症対策として、そのほかにどのような方法が考えられるだろうか。今回は最先端の遺伝子編集の観点から、2020年1月のScience誌掲載のSean P. Leonard氏らによるミツバチの腸内免疫に注目した研究” Engineered symbionts activate honey bee immunity and limit pathogens” [7]を紹介していきたい。

Sean P. Leonard氏らによる研究の概要

テキサス大学オースティン校の筆者らのグループによれば、食用としてだけではなく、行動学習のためのモデル生物としても有用とされているセイヨウミツバチについての研究は、ミツバチヘギダニやRNAウイルスに起因したミツバチの死亡率は高いにも関わらず、生態系の複雑さ故に十分に行われていないことを問題視していた。

そこで、筆者らは、セイヨウミツバチにおけるRNA干渉(RNAi)に注目をした。

RNA干渉とは、二本鎖のRNA(dsRNA)からなる複合体が、相同塩基配列を有するmRNAに結合して遺伝子発現を抑制するプロセスを指す。RNA干渉は、外来性のDNAやウイルスのdsDNA、トランスポゾンによって生じた反復配列による異常なタンパク質などをトリガーとして機能することで、感染防御をはじめとする生命維持に欠かせない多くの現象を制御し、生体の恒常性を維持する働きを有することが分かっている[9]。

筆者らはミツバチの中でも、腸内共生細菌として生息するS. alviに注目し、プラスミドを用いた遺伝子組換えによってdsRNAを継続的に生成するようなS. alviを作り、セイヨウミツバチの免疫を増強することを検証した。

筆者らが行った研究は以下の通りである。

①S.alviのwkB2遺伝子組換えによって、dsRNAを継続的に生成させることを確認した。なお、wkB2遺伝はS.alviの酸素消費に関わりミツバチの腸内を嫌気性に保つほか、バイオフィルムの形成にも関わる遺伝子である[10]。

②さらに、GFPを発現するプラスミドによりS. alviを形質転換し、ミツバチに接種し、細菌のコロニー形成をモニターした。 その結果、遺伝子組換えされたS. alviはミツバチの腸内に定着した上に、ほとんどの個体においてミツバチの寿命が来たるまで安定して持続していることが確認された。さらに、人工的に作られたS. alviがdsRNAを産生し、これに対してミツバチ体内のdsRNAに対する免疫系が活性化し、関連する遺伝子発現が上昇したことまで確認された。

③インスリン受容体遺伝子InR1に干渉するdsRNAを発現するようにS. alviを遺伝子組み換えしてミツバチに接種したところ、ミツバチ体内のInR1の発現量が低下し、ショ糖溶液に対する感度が向上、そして数日後に体重が増加したことが確認された。これにより、S.alviが産生するdsRNAによって、特定の遺伝子をサイレンシングできることが示唆された。

④生後7日目のハチの集団にDWV(翅変形病ウイルス)またはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)対照液を注入し、10日間の生存率を観察したところ、pDS-DWV2を接種したハチは、pNR(no dsRNA)またはpDS-GFPを接種したハチに比べて生存率が上昇したことが確認された。

⑤へギダニの必須遺伝子の配列を14個連結したdsRNA産生プラスミド(pDS-VAR)を設計し、pNR、pDS-GFP、pDS-VARを発現させたS. alviをハチに接種した。その後、5日後にへギダニの成虫をミツバチに導入し、10日間ヘギダニの生存を観察したところ、pDS-VAR菌を接種したミツバチを食べたダニは、コントロールのミツバチを食べたダニよりも早く死亡したことが確認された。

⑥さらに、dsRNAを産生するS. alviの菌株を単独でミツバチに接種しても、ハチの生存率に影響なく、同居しているミツバチの間でS. alviの人工株が伝播(腸内細菌叢が巣内で伝達)したことが確認された。

以上の研究成果により、筆者らはRNA干渉を誘発するように腸内細菌の遺伝子組換えを行い、ミツバチの免疫が増強される可能性を示した。現時点では研究室レベルの研究にとどまり、実際の養蜂場において使用されているわけではない。しかし、仮に遺伝子編集によって、養蜂場のミツバチの免疫を増強し、バロア病の罹患率を下げることができれば、我々人類にもたらす利益は大きなものになるだろう。これは単にミツバチの生産量を増やすことができるということだけではなく、先に述べた農薬の使用率を下げ、健康な食品を食卓に届けることができることにもなるだろう。そしてこの技術は、ミツバチだけにとどまらず、あらゆる生物の免疫を増強するきっかけになるかもしれない。本研究は、人類が持ち合わせている技術を多角的な視点から検討し、利用の可能性を探るという意味で学ばされることが非常に大きい。

また、本研究は遺伝子組換えの技術を用いているが、これはベクターの予期せぬ配列が組み込まれたり、ランダムインテグレーションが起こったりするリスクがある。一方、遺伝子組み換えではなくゲノム編集を用いれば、標的遺伝子を狙い撃ちすることでこうしたリスクを低減できることが予想される。微生物においてもゲノム編集は可能であるため、今後はゲノム編集への流れが加速していくことも予想される。生物界を守りながら我々の食生活を豊かにしていくためにも、今後もこのようなゲノム領域に興味を持ち、議論していく姿勢を示していくべきだろう。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] 東京都感染症情報センター.「インフルエンザの流行状況(東京都2020-2021年シーズン)」

[2] 厚生労働省.「牛海綿状脳症(BSE)について」

[4] 農研機構.「腐蛆病(foul brood)」

[5] 一般社団法人 日本養蜂協会.「そのほかの病気、ウィルス病」

[6] 日本経済新聞.「ミツバチやミツバチ、広がる農薬汚染 9都県で検出」

[7] Leonard SP, Powell JE, Perutka J, et al. Engineered symbionts activate honey bee immunity and limit pathogens. Science. 2020;367(6477):573-576. doi:10.1126/science.aax9039

[8] 柴田潤一郎.「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」

[9] NCBI. “RNA Interference (RNAi)

[10] Microbe Wiki. “Snodgrassella alvi wkB2”

SHARE