『らせんを操るゲノム編集』から学ぶ:ゲノムワールド ②二重らせんはうつくしい

らせんの探求

ゲノムの文字列と情報の構造

前回の、①ゲノムは全ての源である では、生物の遺伝情報のことを「ゲノム」と呼び、真核生物においては「染色体」と呼ばれる物質を媒体としてゲノムが保存し、遺伝情報を伝達していくことを説明しました。ここからは、真核生物の細胞において染色体がどのような情報を保有し、どういった構造を取っているかという情報体系を学んでいきます。

情報は何らかの媒体を通じて表現されたものである以上、何らかの方法で計測することができるという性質を持っています。例えば、本書では筆者が伝えたい情報を「ひらがな」、「カタカナ」、「漢字」、「アルファベット」といった計測可能な「文字」によって表現しています。こうすることで、送り手の概念でしかなかった情報が明確な形を持って受け手に伝達されるわけです。

同じように、生物のゲノムも計測可能な何らかの意味を持つ「文字」によって構成されています。もっといえば、その文字は細胞が読み取り、利用しやすい形式であることが分かっています。その文字の正体とは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)というたった4種類の「塩基」と呼ばれる物質です。

ゲノムは基本的に、この4種類の物質からなる文字配列によって記述されます。このことはコンピュータの世界における情報の構造と似ています。コンピュータの内部においては、カメラで撮影した写真やパソコンの文書ファイルなどのデジタルな情報は、全て0と1の二つの数字の組み合わせからなる文字配列によって記述されています。これは「二進法」と呼ばれる表現法です。例えば、「01010101111111000」という文字配列は写真Xのある一部分を意味する、といったように、二進法で表現された文字配列は一定の法則に基づいてコンピュータ内で処理されるデジタルな情報を構成しています。

生物のゲノムも同様に、「心臓を拍動させる」とか「象の鼻を長くする」といったような生物の形質を実現する情報は、A, T, G, Cのたった4種類の文字を用いた文字配列によって構成されているのです。

染色体の構造とヌクレオチドの役割

次に、染色体の構造と塩基の関係について詳しく見ていきましょう。細胞内にある各染色体は、「デオキシリボ核酸(DNA)」と「ヒストン」と呼ばれる2種類の物質から構成されており、DNAが2本の長い鎖によってらせん状の構造を取り、ヒストンに巻き付くような形となっています(図)。このDNAの構造を「二重らせん構造」と呼ぶことは有名です。

二重らせん構造を形成しているDNAの鎖をほどいて1本ずつ観察してみると、各鎖は「ヌクレオチド」と呼ばれる構造物が多数連なった形状をしています。ヌクレオチドは、
・A, T, G, Cのいずれかの塩基
・「デオキシリボース」と呼ばれる、五つの炭素原子を骨格に持つ糖の一種
・リン酸
が一つずつからなる物質です。このうち、デオキシリボースとリン酸はどのヌクレオチドにおいても共通しており、各ヌクレオチドの違いはA,T,G,Cの塩基の種類によって決定します。ヌクレオチド一つは遺伝情報の一文字分に相当するため、例えば10個の連続するヌクレオチドは、「ATTGGCCTC」のような10文字分の塩基が作る遺伝情報を持つことになります。この塩基が作る遺伝情報の文字列のことを「塩基配列」と呼びます。

なお、塩基配列をどちらの向きに読むかは、ヌクレオチド同士が結合する向きによって決定されます。細かい仕組みはここでは割愛しますが、一般的にはこの向きを「5ʼ」と「3ʼ」の数字を用いて「5ʼ-ATTGGCCTC-3ʼ」のように明記し、「5ʼから3ʼ」の向きに読むというルールが定められています。この例であれば「A→T→T→……→T→C」の向きに左から右に読まれます。これがもし「3ʼ-ATTGGCCTC-5ʼ」であれば、この塩基配列は「C→T→C→……→T→A」と右から左に読まれることになります。

 

DNAの構造
図)染色体の構造 ~二重らせん構造~ DNAの構造まで(Created with BioRender.com)

向きを持ったヌクレオチドからなるDNAは、長い2本の鎖が向かい合い、互いの鎖の塩基同士で結合することで二重らせん構造を取ります*1。

このとき、それぞれの塩基はお互い特定の相手とのみ結合するという性質を持っており、Aは向かい合う鎖のTと、Gは向かい合う鎖のCと特異的に結合します。これは、二本鎖のうち一方の塩基配列さえ決定すれば、向かい合う他方の鎖の塩基配列はただ一通りに決定するということを意味しています。また、お互いの鎖は常に逆向きに結合するという性質も持っています。例えば、二本鎖のうち一方の塩基配列が「5ʼ-AATGCC-3ʼ」であれば、他方は必ず「3ʼ-TTACGG-5ʼ」という向きの塩基配列になるということです。このように、一方の塩基配列に対して一通りに定まる他方の塩基配列のことを「 相補的な塩基配列 」 と呼びます。 先の例であれば、「5ʼ-AATGCC-3ʼ」の相補的な塩基配列は「3ʼ-TTACGG-5ʼ」となります。

DNAの構造の理由とヒストンの役割

それでは、DNAはなぜこのような構造を取っているのでしょうか。そのヒントは、染色体のもう一つの構成要素である「ヒストン」に隠されています。ヒストンは、ミシン糸を巻き付けるボビンのような存在で、長いDNAの二本鎖を巻き付けて染色体を細胞核に収納可能なサイズまで折りたたむ役割を担っています。
ヒトの細胞を例にとって考えてみましょう。

ヒトの細胞は平均して直径0.02mm(20μm)ほどの非常に小さなサイズです。その中には全部で46本の染色体が存在していますが、仮に全ての染色体について、DNAをヒストンからほどき、二重らせん構造を伸ばして1本の直線的な鎖にして繋げたとしましょう。このとき、この1本の鎖の全長はどのくらいになるでしょうか?

正解はなんと約2m。直径0.02mmしかない細胞の中には細胞核以外にも数多くの細胞小器官が存在しているにもかかわらず、46本の染色体を直鎖状に繋ぐだけで、もとの10万倍もの長さになるのです。これは染色体が、通常とてつもない圧縮率によって空間的に圧縮されていることを意味します。DNAは二重らせん構造を取ることによって空間的な長さを短縮し、さらにヒストンに巻き付けることによって小さな体積で多くの情報量を保有することに成功しているのです*2。

note

染色体は一細胞当たり生物に固有の本数だけ存在しており、各染色体は「DNA」と「ヒストン」の2種類から構成されている。このうち DNA がゲノムの本体であり、DNA は A,T,G,C の4種類の塩基からなる塩基配列を持っている。DNAは相補的な2本の鎖が結合した二重らせん構造をとっており、ヒストンによって糸巻きにされることで多くの情報を小さな体積に圧縮している。

 

*1 DNA の二重らせん構造を発見したのは、ジェームズ・ワトソン、フランシス・クリックの二人です。彼らは 1953 年にわずか2ページの論文にまとめて大手英文科学雑誌「Nature」に投稿しました。その功績が認められ、彼らは 1962 年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。

*2 ヒトでは一細胞当たり 60 億個の塩基が存在しています。向かい合う鎖の塩基で見ると30 億対のペアとなるため、これを「30 億塩基対」と表現します。
 
 
次回、③DNA複製工場の見学では、DNAが相補的な二本鎖からなる理由を説明します。

 

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