『らせんを操るゲノム編集』から学ぶ:ゲノムワールド ①ゲノムは全ての源である

らせんの探求

はじめに

私たちがすむ地球にはおびただしい数の生物がすんでいます。既に確認されているだけでも約175万種類の生物がいるとされ、まだ知られていない種の生物も含めればその数はなんと1000万~1億種にものぼるといいます。私たち人間は、地球上に生きるほとんどの生物の姿形をまだ知らないといっても過言ではありません。

この無数に存在する生物種同士は、一体何をもってお互いを異なる種としているのでしょうか。例としてヒトとキリンの相違点を考えてみましょう。おそらく多くの方が「キリンはヒトよりもずっと長い首を持っている」と答えることでしょう。なかには「ヒトは二足歩行で、キリンは四足歩行である」とか、「ヒトは雑食動物で、キリンは草食動物である」と答える方もいるかもしれません。これらの回答は、いずれもヒトとキリンの相違点を正しく捉えています。

しかし、少し広範な視点で考えてみると、ヒトもキリンも首を持っていますし、自らの足によって移動できますし、他の生物を摂取してエネルギーに変換しているといえます。つまり、先ほど挙げた特徴は共通点と見ることもできるはずです。それどころか、考えれば考えるほどヒトとキリンにはむしろ共通点の方が多く、「首がある」とか「足がある」といったほとんどの特徴が共通している中で、そうではない部分が相違点として目立って見えているのだと気がつきます。

このように考えると、先の問いに対して答えることは実はとても難しいと分かります。見た目や機能といった次元だけで生物の多様性を記述することはあまり現実的ではないようです。それでは、一体何が生物ごとの違いを規定しているのでしょうか?この謎を紐解く伴は「遺伝学(genetics)」と呼ばれる学問の中にあります。

親となる生物は、子孫となる生物に対して彼らが持つべき特性を正確に伝えています。ヒトからキリンが生まれることはありませんし、ヒマワリの種からネコが誕生することはありえません。これは生物が自らを構成する全てを、ある種の「情報」として子孫に遺伝させているからです。ヒトはヒトであるための固有の情報を持っていますし、キリンやヒマワリなども同様です。また、遺伝するのは姿形だけではありません。生物が活動するために必要な代謝などの活動も、遺伝した情報(遺伝情報)によって規定され、複雑な化学反応からなるシステムの駆動によって行われています。遺伝情報とは、いわば生物の根幹となる「データ」なのです。

ゲノムワールド

地球上に存在する全ての生物は、各々の「形質(姿形や機能のこと)」に関する情報を「ゲノム」と呼ばれる遺伝情報として保有しています。ヒトが二足歩行をすることも、キリンの首が長いことも、全ては各生物が保有するゲノムに基づいて決定されています。このゲノムは「セントラルドグマ」と呼ばれる概念のもと、生物の形質を特徴付ける様々なタンパク質を合成するために利用されています。まずはゲノムがある種の「情報」であり、一定のルールに従って保存されているということを学びましょう。

ゲノムは全ての源である

一般に、情報とは文字や数字といった記号によって表現され、相手に指令を送ったり知識をもたらしたりするもののことをいいます。あなたが読んでいるこの本の内容も、リビングでくつろぎながら見るテレビ番組の内容も、全てはある種の情報です。情報は私たちの身の周りにあふれており、生活を成り立たせる上で欠かすことができません。これと同様に、生物の形質を維持して子孫へと伝達していくためには、形質の遺伝にまつわる情報(遺伝情報)が必要となります。この遺伝情報のことを生物学の用語で「ゲノム」と呼びます。ゲノムは生物が持つ遺伝情報の総体を意味する言葉だと理解してください。

ここからは、染色体について理解するために、生物の体の構成を説明していきます。全ての生物の体は「細胞」と呼ばれる小さな箱から構成されています。細胞は生物の最も基本的な構成単位であり、ミジンコのように一つの細胞から構成される「単細胞生物」もいれば、ヒトのように数十兆個もの多数の細胞から構成される「多細胞生物」もいます。また、生物は細胞の「構造」の違いをもとにして、細菌や藍藻類が属する「原核生物」とそれ以外の生物が属する「真核生物」の二つに分類することができます。原核生物と真核生物はいずれも自身のゲノムを細胞内に保有していますが、多くの人が生物と聞いて思い浮かべるのはほとんどが真核生物であるため、ここでは真核生物に絞って話をしていきます*

(*原核生物には染色体は存在しないことが分かっています。)

真核生物の細胞

真核生物の一つ一つの細胞の中には、エネルギーを産生する「ミトコンドリア」や、脂質の代謝を行う「滑面小胞体」など、細胞の機能や形態に関わる様々な器官が存在しています。

 

真核生物の細胞
図)真核生物の細胞(Created with BioRender.com)

その中で最も重要なのは、「細胞核」と呼ばれる器官です。細胞核は一つの細胞当たり一つだけ存在する器官で、この内部にゲノムの媒体となる染色体が入っています。

染色体は一つの細胞の中に生物種ごとに決まった数だけ存在します。ヒトの場合、全身のどこから細胞を取ってきても一つの細胞当たりの染色体の本数は原則として46本です。イヌなら78本、コイなら100本というように、一細胞当たりの染色体の本数は多くの生物において偶数本です。これは新しい個体が誕生する際に、父親・母親となる個体からそれぞれ同じ本数ずつ染色体が引き継がれるからです。ヒトであれば、父親の精子と母親の卵子が23本ずつの染色体を持ち、受精して作られる「受精卵」の染色体の本数は合計で46本になります。

また、それぞれの親から引き継ぐ23本の染色体のうち、22本は「常染色体」、残りの1本は「性染色体」と呼ばれます。常染色体は大きさ順に1番染色体から22番染色体まで番号が付けられており、父親と母親から引き継ぐ同じ番号の染色体は、同じような大きさで似たような情報を持ちます。一方、性染色体は生物学的な性別の決定に関与する染色体です。性染色体にはX染色体とY染色体の2種類があり、男性の場合はX染色体とY染色体を1本ずつ、女性の場合はX染色体を2本持っています。自分の子供にはどちらか一方のみ引き継ぐため、父親からY染色体、母親からX染色体を引き継いだ場合は、子供は生物学的に男性となります。父親と母親からともにX染色体を引き継いだ場合は、生物学的に女性となります。

このように、ヒトをはじめとするほとんどの生物は、決まった数の染色体を媒体として自身のゲノムを子孫へと引き継いでいくのです。なお、真核生物の細胞のうち、生殖の際に卵子や精子のもととなる細胞のことを「生殖細胞」、それ以外の細胞のことを「体細胞」と呼びます。実際に子孫にゲノムを引き継ぐ働きをするのは生殖細胞です。全身の臓器や筋肉、神経などを構成する体細胞は自分の子供にそのまま引き継がれないということをイメージすれば分かりやすいでしょう。生殖細胞も体細胞も、全ては一つの受精卵から始まりますが、発生の過程でそれぞれの細胞が持っている役割が変化していくのです。

note

生物が持つ遺伝情報のことを「ゲノム」と呼ぶ。真核生物においては細胞の内部で、一つの細胞当たり固有の本数だけ存在する「染色体」を媒体としてゲノムを保有し、子孫へと伝達していく。

 

次回、②2重らせんは美しい へ続きます。

 

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