筋ジストロフィーの疾患モデルマウス
2018年に公開された映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(前田哲監督)で主演を務めた大泉洋の役は、幼少のころから「筋ジストロフィー」を患う34歳の男性。筋ジストロフィーとは、骨格筋の変性・壊死を主病変とする遺伝性筋疾患の総称である。筋ジストロフィーの根本的な治療法は未だ存在しないが、モデルマウスを用いた研究が進められている。近年、in vivoのゲノム編集によって筋肉の機能を回復できたとする報告が相次ぎ、治療に向けて一筋の光が見えつつある。
筋ジストロフィーの病態
筋ジストロフィーは前述したように、遺伝子変異によって筋肉の変性や壊死が生じることで、筋量の減少や筋肉の繊維化・脂肪化が起き、筋力低下によって運動機能をはじめとする多機能障害をもたらす疾患である。日本では難病に指定されている。日本における有病率は、正確な統計はないものの、人口10万人あたり17〜20人と推定されている(1)。
筋ジストロフィーは遺伝性筋疾患の「総称」であり、臨床症状や原因遺伝子によって複数の病型がある。同じ原因遺伝子でも変異の場所や様式によって異なる病態を示す場合もあれば、異なる遺伝子変異でも似たような病態を示す場合もある。また、未だ原因遺伝子が同定されていない疾患もあることから、今後筋ジストロフィーの分類が見直される可能性は否定できない。
筋ジストロフィーの原因遺伝子
筋ジストロフィーの原因遺伝子として最も多いのは、ジストロフィンをコードする遺伝子である。ジストロフィンは、筋細胞膜直下に局在するタンパク質で、アクチンフィラメントと結合するして細胞骨格の機能を有する。ジストロフィンの機能が正常でないと細胞膜を強固に維持できず、筋繊維の壊死と再生が繰り返される。やがて繊維化・脂肪化に至る。
ジストロフィンをコードする遺伝子はX染色体上にある。劣性遺伝の様式をとるため、ジストロフィン異常による筋ジストロフィーのほとんどは男性である。さらに、変異の種類によってデュシェンヌ型とベッカー型に分けられる。
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD: Duchenne muscular dystrophy)では、ジストロフィンのコード領域で1または2塩基の欠損があり、out of frame変異によりジストロフィンの機能が完全に欠損する。2歳ごろから発症し、10歳を過ぎる頃には歩行困難で車椅子の生活を余儀なくされる。近年は人工呼吸器の発達により、40歳まで生存する患者も増えている。なお、DMD患者では知能低下の症例が珍しくないこと、ジストロフィンのアイソフォームが中枢神経系で発現することから、ジストロフィンと中枢神経障害との関連も注目されている。
一方、ベッカー型筋ジストロフィー(BMD: Becker muscular dystrophy)では3の倍数のフレームシフトもしくは軽微なアミノ酸置換が起きるため、ジストロフィンの完全な機能欠損とならない。発症時期は5〜15歳、歩行不能になるのは20代後半になってからと、DMDと比較すると緩徐な経過をとる。ちなみに、映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の主人公はBMDである。
DMDモデルマウスは終止コドンへの点変異
現在DMDのモデルマウスとして使われているのは、1984年にBulfieldらによって報告されたmdxマウスである(2)。mdxマウスはC57BL/10系統マウスの変異によって生じたものだ。
mdxマウスでは、生後3週間ごろから筋肉の壊死が生じる。また、血清クレアチンキナーゼやピルビン酸キナーゼの上昇というDMD患者に共通の現象が起き、病理学的所見もDMD患者と類似する。
ただしヒトのDMD患者とは異なり、mdxマウスでは大幅な筋力低下には至らず、DMD患者でよく見られる心筋障害も生じない。寿命は野生型マウスとほぼ同等であり、生殖も可能である。これは、マウスは小型であることから影響が比較的小さい、筋肉の再生スピードが壊死のスピードに追いついているためではないかと考えられている。
mdxマウスでは、ジストロフィンをコードする遺伝子のエクソン23で終止コドンになる点変異が原因でジストロフィンが機能欠損する(3)。ヒトのジストロフィンコード遺伝子は79のエクソンから構成され、DMD患者の多くがいずれかのエクソンでout of frame変異が起きて機能欠損する。そのため、ジストロフィンの機能解析やDMDの根本的治療を目指す上でmdxマウスは重要なモデルとなっている。
根本治療を目指すエクソン・スキップ療法とゲノム編集
DMDの根本的な治療を実現する方法の一つに、変異が起きるエクソンを転写後のスプライシングで除去することが挙げられる。これは「エクソン・スキップ療法」と呼ばれており、モルフォリノなどのアンチセンス核酸を用いてスプライシングを調節する。翻訳されるジストロフィンは本来よりもやや短いが、タンパク質としての機能の改善が期待される。現在までに国内外で複数の臨床試験が行われている。ただしこの方法では遺伝子は変異したままなので、核酸医薬品を継続的に投与する必要があるかもしれない。
もう一つの方法が、in vivoによるゲノム編集を行い、変異を含む配列をゲノムから排除させることである。この方法についての論文は、2016年に『Science』に3本同時に掲載され、にわかに注目されている(4, 5, 6)。いずれの報告でもアデノ随伴ウイルスとCRISPR/Cas9を用いて、mdxマウスの筋細胞におけるジストロフィンタンパク質の産生や筋力低下の防止が認められた。ゲノム編集が起きる組織の範囲や継続性については今後のさらなる検証が必要だが、根本的な治療につながる可能性があると期待されている。
参考文献
- 難病情報センター 筋ジストロフィー(指定難病113)
- Bulfield G, et al. X chromosome-linked muscular dystrophy (mdx) in the mouse. Proc Natl Acad Sci USA. 1984;81(4):1189-1192.
- Sicinski P, et al. The molecular basis of muscular dystrophy in the mdx mouse: a point mutation. Science. 1989;244(4912):1578-1580.
- Long C, et al. Postnatal genome editing partially restores dystrophin expression in a mouse model of muscular dystrophy. Science. 2016;351(6271):400-403.
- Nelson CE, et al. In vivo genome editing improves muscle function in a mouse model of Duchenne muscular dystrophy. Science. 2016;351(6271):403-407.
- Tabebordbar M et al. In vivo gene editing in dystrophic mouse muscle and muscle stem cells. Science. 2016;351(6271):407-411.