メールマガジン:ゲノム編集論文⑦

セツロテックでは、月に一度、最新のゲノム編集に関する情報をお届けするメールマガジンを配信しています。今回の記事では、メールマガジンの人気コーナー「最近のピックアップ論文」から厳選した内容をご紹介します。
配信号:2024年9月、10月、11月
Index
ガラス針を刺さない新たな「お届け方法」が選択可能に
VitelloTag: a tool for high-throughput cargo delivery into oocytes
Clarke et al., Development. 2024 Oct 15;151(20):dev202857
https://journals.biologists.com/dev/article/151/20/dev202857/362029
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細長いガラス針を用いて細胞内に物質を注入するマイクロインジェクションは広く用いられているが、侵襲的で技術的な難易度も高い手法のため、デリケートな卵の生物種では実用的でない。米マサチューセッツ工科大学のClarkeらは、ゲノム編集ツールなどの「カーゴ」を卵母細胞に届ける新たな手段として、生体内での卵黄タンパク質の輸送に着目した。卵の栄養物質であるビテロジェニンは、卵巣の外で合成され、エンドサイトーシスで発育中の卵に届けられている。このシステムを利用するため、ビテロジェニンの一部(卵細胞表面のレセプターへの結合ドメイン)を単離した、10アミノ酸程度と非常に小さなタグを作成した。このタグをCas9に融合させ、この溶液をウミウシや半索動物の卵と一緒にシャーレに入れるだけで、約30%の変異導入率を達成した。新たな「お届け方法」が追加されることで、利用できるカスタマーは大きく増える。(研究開発部T)
ある種のホウボウは文字通り「足」を運んでエサを探す
Ancient developmental genes underlie evolutionary novelties in walking fish
Herbert et al., Curr Biol. 2024 Oct 7;34(19):4339-4348.e6
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(24)01157-6
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美味しい食用魚であるホウボウは、胸びれの一部が分離した6本の細長い脚のような構造を持ち、これを使って海底を「歩く」ことができる。スタンフォード大学のHerbertらは、これらの脚を移動だけでなく獲物を探すためのシャベルや味覚センサーとして使うかが、ホウボウの種類によって異なることに偶然気づき、ホウボウP.carolinusを使った研究を開始した。RNA-seqの結果、胸びれの発生過程で最も差次的に発現していたtbx3a遺伝子(転写因子をコード)に着目し、これをCRISPR-Cas9ゲノム編集でノックアウトすると、脚の複数の形態的特徴が正常に形成されなくなり、脚における味覚乳頭が失われ、同時に地中に埋まったムール貝を見つけて発見する能力が大幅に低下していた。これは、tbx3aが感覚脚形成のマスター遺伝子であることを示唆する。ホウボウは、地に足をつけて、しっかりエサを探す。(研究開発部T)
老齢化したマウス神経幹細胞からのニューロン新生を回復させる
CRISPR–Cas9 screens reveal regulators of ageing in neural stem cells
Ruetz et al., Nature. 2024 Oct 2 (Online ahead of print)
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07972-2
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脳における神経幹細胞は新しくニューロンを生み出すが、その能力は加齢とともに衰える。幹細胞の活性が低下する原因を探るため、スタンフォード大学のRuetzらは、CRISPR-Cas9ゲノム編集を使用して23,000個もの遺伝子を体系的にノックアウトし、若いマウスと年老いたマウスからそれぞれ採取し培養した神経幹細胞へ与える影響をテストした。このin vitroでのスクリーニングにより、神経幹細胞の老化に関与している可能性のある300個の遺伝子を発見し、さらにマウス生体内でのin vivoスクリーニングで、特に老齢マウスにおいて、神経幹細胞の活性化と新しいニューロンの生成を促進した24個の遺伝子ノックアウトを絞り込んだ。このうち、Slc2a4遺伝子は、細胞のグルコース代謝を制御するインスリン依存性グルコーストランスポーターをコードしており、この遺伝子をノックアウトすると、老齢マウスの神経幹細胞のグルコース摂取量が減少し、in vivoでのニューロン新生が2倍に増加した。グルコース取り込みに関する新たな手がかりをたぐっていけば、新たな治療法の発見につながるかもしれない。(研究開発部T)
ゲノム編集技術で「大きくて甘い」トマトを実現する
Releasing a sugar brake generates sweeter tomato without yield penalty
Zhang et al., Nature. 2024 Nov 13 (Online ahead of print)
https://www.nature.com/articles/s41586-024-08186-2
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一般にトマトでは果実の大きさと甘さは逆相関する。中国農業科学院のZhangらは、野生品種(甘いが小さい)と栽培品種(大きいが甘くない)を比較し、果実の甘さに影響を与えるゲノム領域を特定した。この領域に含まれるカルシウム依存性プロテインキナーゼをコードする遺伝子(SlCDPK27とそのパラログSlCDPK26)をCRISPR-Cas9ゲノム編集でダブルノックアウトすると、果実の重量や収量に影響を与えることなく、グルコースとフルクトースの含量を最大30%増加させることに成功した。彼らは、論文中で官能評価パネルまで実施し、消費者が改良トマトの方が有意に甘いと判断したことを報告している。変異体では種は少なかったが、発芽は正常であった。育種家による品種改良の長い歴史のなかで実の大きさが優先され、遺伝的連鎖により甘さはその犠牲になってきた。ゲノム編集技術を使えば二兎を追うことが可能。(研究開発部T)
蚊の交尾では、オスはメスの羽ばたきの音に興味を持つ
Deafness due to loss of a TRPV channel eliminates mating behavior in Aedes aegypti males
Wang et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Nov 19;121(47):e2404324121
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2404324121
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夏の夜にともる電灯の下で蚊がぶんぶんと群れていることはあるが、そこで行われている交尾に必要なコミュニケーション様式は解明されていない。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のWangらは、CRISPR-Cas9ゲノム編集により、ネッタイシマカの「耳」に相当するジョンストン器官の聴覚ニューロンで発現するtrpVa遺伝子をノックアウトした。その結果、音に反応しなくなったtrpVa KOオスは、メスと同じ空間に入れても交尾をしなくなった。また、メスの羽音を模倣した約500Hzの音は、野生型オスでは交尾様行動(腹部を突き出す)を誘発したが、trpVa KOオスはその行動をしなかった。「蚊の鳴くような声」であっても、蚊にとってはきちんと意味のある音なのである。蚊は、マラリアやデング熱、ジカ熱などを引き起こす病原体を媒介しており、不妊につながる研究はさらに進展するだろう。(研究開発部T)
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