メールマガジン:ゲノム編集論文⑤

セツロテックでは、月に一度、最新のゲノム編集に関する情報をお届けするメールマガジンを配信しています。今回の記事では、メールマガジンの人気コーナー「最近のピックアップ論文」から厳選した内容をご紹介します。
配信号:2024年4月、5月
Index
ミジンコは概日時計を使ってオスとメスを産み分ける
Daphnia uses its circadian clock for short-day recognition in environmental sex determination
Abe et al., Curr Biol. 2024 Mar 27:S0960-9822(24)00324-5
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(24)00324-5
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ミジンコには性染色体が存在せず、季節ごとの昼と夜の長さの「日長」を感受して、オスとメスを産み分けている。すなわち、日の長い環境条件(春から夏)では暖かく餌も豊富なので単為生殖(メスのみ)で増殖し、日が短く成育に不適な条件(秋から冬)ではオスを産んで有性生殖を行う。この制御メカニズムを解明するため、宇都宮大学のAbeらは、CRISPR/Cas9ゲノム編集で、概日時計に関与するperiod遺伝子をノックアウトしたミジンコを作出した。このノックアウトミジンコは、昼夜の変化にあわせて泳いでいる水深の移動をしなくなり、また長日条件でも短日条件でもメスだけを産むようになった。一方、このノックアウトミジンコに、オスを産む際に母親の体内ではたらく幼若ホルモンを暴露すると、日長によらずにオスの産生が誘導され、概日時計による「短日」の認識は幼若ホルモンシグナルの上流にあることが示唆された。(研究開発部T)
Tgfbr1遺伝子を尾側でノックアウトしたマウス胚では6本の足が形成される
Tgfbr1 controls developmental plasticity between the hindlimb and external genitalia by remodeling their regulatory landscape
Lozovska et al., Nat Commun. 2024 Mar 20;15(1):2509
https://www.nature.com/articles/s41467-024-46870-z
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現在の四肢動物の後肢と外性器は、祖先の共通の原基から進化したと考えられている。グルベンキアン・デ・シエンシア研究所のLozovskaらは、ゲノム編集技術とCre-loxPシステムを使い、マウス胚の尾側半分でのみTgfbr1遺伝子をノックアウトすると、ペニスやクリトリスといった外性器が消滅し、同時に1対の後肢が余分に発生することを見出した(つまり計6本の足に)。追加された後肢構造は、本来は外生殖器の初期原基となる総排泄腔周縁の中胚葉細胞に由来しており、進化上はかなりの時間が経過しているにも関わらず、後肢への発生可塑性を保持していることが示された。Tgfbr1はこれらの細胞でクロマチン構造を調節しており、細胞運命の決定につながるエンハンサー領域へのアクセス可能性を制御していることが示唆された。たとえ思いがけず足が余分に生えていたとしても、研究者にとっては「蛇足」とならない。(研究開発部T)
シクリッドの「好奇心」の度合いを左右する遺伝子変異
The genetics of niche-specific behavioral tendencies in an adaptive radiation of cichlid fishes
Sommer-Trembo et al., Science. 2024 Apr 26;384(6694):470-475
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj9228
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アフリカ大陸東部のタンガニーカ湖には、実に250種以上、多様な環境(ニッチ)に適応放散した小型魚シクリッドが生息している。バーゼル大学のSommer-Tremboらが、野生で捕獲した57種702匹のシクリッドを実験池に放し、最初の15分でどれだけ新しい環境を泳ぎ回ったか?を観察すると、生息地や体型と探索行動の間に強い相関関係があった。さらに、種間のゲノム解析から、AMPAグルタミン酸受容体制御遺伝子cacng5bの推定プロモーター領域に位置する一塩基多型(T/C)の遺伝子型と、種ごとに示される探索行動のタイプとの間に強い相関関係があることを明らかにした。この遺伝子変異をCRISPR-Cas9ゲノム編集で再現すると、変異個体は対照個体よりもはるかに高い探索傾向を示し、「好奇心旺盛」になった。住めば都で落ち着くか、新天地を求めて冒険するか。行動も住む場所も遺伝子次第。(研究開発部T)
我々の体の中にいるたくさんの細菌もCas9を持っている
CoCas9 is a compact nuclease from the human microbiome for efficient and precise genome editing
Pedrazzoli et al., Nat Commun. 2024 Apr 24;15(1):3478
https://www.nature.com/articles/s41467-024-47800-9
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CRISPR-Casゲノム編集で最も使われる化膿レンサ球菌由来のSpCas9は、分子のサイズが大きく、ガイドRNAなどと一緒にオールインワンAAVベクターに搭載することができない。より小さくコンパクトなCas9を求めて、伊トレント大学のPedrazzoliらは、ヒトマイクロバイオーム(32か国のあらゆる年齢の男女の口腔、肌、膣、排泄物から採取)から再構成された154,723の細菌および古細菌のメタゲノムアセンブルゲノムを解析した。同定された1100アミノ酸以下のコンパクトなCas9オルソログのうち、未培養のコリンセラ属から単離されたCoCas9が、最も高い編集活性を示した。CoCas9はSpCas9よりもオフターゲット切断がかなり少なく、またHSPCsなどのヒト初代細胞でゲノム編集できることが確認された。灯台下暗しで、「お宝」は我々の体の中にあるのかもしれない。(研究開発部T)