メールマガジン:ゲノム編集論文①

セツロテックでは、月に一度、最新のゲノム編集に関する情報をお届けするメールマガジンを配信しています。今回の記事では、メールマガジンの人気コーナー「最近のピックアップ論文」から厳選した内容をご紹介します。
配信号:2023年7月、8月
Index
ゲノム編集技術でリグニン含量が少ないポプラの作出に成功
Multiplex CRISPR editing of wood for sustainable fiber production
Sulis et al., Science. 2023 Jul 14;381(6654):216-221.
https://www.science.org/doi/10.1126/science.add4514
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紙を作るために、木材からより純度の高い繊維(パルプ)を取り出すには、化学溶液や酵素を使って、繊維間を接着するリグニンを溶解する必要がある。この脱リグニンの工程は、有害な廃液や温室効果ガスの排出など環境負担が大きいので、ノースカロライナ州立大学のSulisらは、ゲノム編集技術でリグニンの少ないポプラを作出することを目指した。リグニンの生合成経路は複雑だが、コンピューターモデルで7万通り以上の組み合わせを検討し、最大6つのリグニン生合成遺伝子を同時改変する戦略で、174種類のゲノム編集ポプラを作出した。温室でこれらのゲノム編集ポプラを栽培したところ、6ヵ月後、最大でリグニン含量が49.1%減少し、セルロース対リグニン比は野生型の228%まで増加した。持続可能な製紙に向けて新たな芽吹き。(研究開発部T)
ゲノム編集技術により異数性染色体を除去することでがん細胞の増殖を抑制
Oncogene-like addiction to aneuploidy in human cancers
Girish et al., Science. 2023 Jul 6 (in press)
https://www.science.org/doi/full/10.1126/science.adg4521
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ほとんどのがん細胞の染色体は異数性を示すが、それが腫瘍発生における原因か結果かについては議論があった。イェール大学のGirishらは、CRISPR/Cas9ゲノム編集を用いて、セレクションマーカー遺伝子配列やテロメア配列を導入し、がん細胞から特定の染色体を除去できる技術”ReDACT”を開発した。メラノーマ、胃がんなどのがん細胞のゲノムから、第1染色体の余分な長腕(1qトリソミー)を除去すると、細胞増殖のスピードが著しく遅くなった。また、マウスへのゼノグラフトでできた腫瘍サイズは、1qトリソミーを除去しなかった場合と比較して、25分の1に減少した。今回の研究では、第1染色体の余分なコピーを持つ細胞は、重複する第1染色体上のUCK2遺伝子の過剰発現により、特定の薬剤に対する感受性がより高かったことも示されており、異数性が新たながん治療法の標的になりうることを示唆。(研究開発部T)
がん特異的なDNAを検出できる「鼻の利く」細菌を作る
Engineered bacteria detect tumor DNA
Cooper et al., Science. 2023 Aug 10;381(6658):682-686.
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adf3974
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線虫でがんを検出できると謳うキットはすでに市販されているが、カリフォルニア大学サンディエゴ校のCooperらは、遺伝子改変した細菌を、がん特異的なDNAの「センサー」にすることを目指した。高いコンピテンス能を持つアシネトバクター属の細菌を体内に投与し、腫瘍を含む細胞が周辺環境に放出しているセルフリーのDNA断片を相同組換えにより取り込んだ場合にのみ、カナマイシン耐性やGFP蛍光が発現するように設計したのである。さらに、正常な細胞由来のRas遺伝子配列を取り込んだ場合はCRISPR/Casシステムで切断されるようにしておくことで、がん細胞由来の変異型Ras遺伝子配列を取り込んだ場合のみ、標識遺伝子が発現するようにした。実際に、腫瘍ドナーマウスの直腸にこのセンサー細菌を投与すると、in vivoでも大腸がんの検出が可能であった。将来は検便でがん検査ができるかもしれない。(研究開発部T)
超音波で血液脳関門を突破し、脳内にゲノム編集ツールを送達する
Focused ultrasound–mediated brain genome editing
Lao et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 Aug 14;120(34):e2302910120
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2302910120
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脳の血管と脳細胞の間には血液脳関門という構造があるため、これまで血流から脳内へゲノム編集因子を輸送することは難しく、脳を対象としたin vivoでのゲノム編集は困難であった。コロンビア大学のLaoらは、頭蓋への局所注射より侵襲性の低い方法として、集束超音波(FUS)に注目した。静脈中に赤血球より小さい気泡を投与したうえでFUSを当てると、マイクロバブルの振動や圧壊による機械的な作用によって血液脳関門の構造が一過的に開通し、静脈中の薬剤や分子を脳組織にデリバリーすることができる。これを利用すると、静脈に投与したCas9とgRNA配列を載せたAAVベクターのマウス脳内への送達効率はコントロールの13倍になり、25%以上の編集効率で海馬神経細胞のゲノム編集に成功した。超音波による「開けゴマ」。(研究開発部T)