ゲノム編集がHIV感染の根治に名乗り出る

HIVの今

昨今、各地の保健所は新型コロナウイルスの感染者対応に追われており、HIV抗体検査を中止する例が相次ぐ。エイズ動向委員会による調査では、2019年と比べて新型コロナウイルスが流行した2020年はHIV抗体検査件数が半減した[1]。保健所の手が回らないこともそうだが、感染を考慮して検査を控える人が増えたことも検査数が減少した原因の1つだろう。

HIVとはHuman Immunodeficiency Virus (ヒト免疫不全ウイルス) の略称でHIV感染とは体内にHIVが存在している状態のことだ。自覚症状がほとんどないため、本人が感染したことに気づくのは困難だ。HIVと併せて耳にすることが多いAIDSはAcquired Immunodeficiency Syndrome (後天性免疫不全症候群) の略称でHIV感染によって身体の免疫力が下がり、日和見感染症といった様々な合併症を発症した状態を指す。日和見感染症とは普段なら病気を起こさないような弱いカビ、細菌、ウイルスなどの病原体を免疫力の低下から、抑えきれずに感染症を発症してしまうことで、厚生労働省が定めた23の合併症 (カンジダ症など) の発症が確認されるとAIDSと診断される[2]。

1981年に最初のAIDS症例が報告されて以来、HIV感染は世界中へ急激に広がり、不治の病として恐れられていた。現在では体内のHIVを完全に取り除くことはできないものの、医療の進歩によってコントロール可能な病気へと変わりつつあるため、HIV感染に対して危機感を持つ人は昔と比べると減少傾向にあることが伺える。しかし、厚生労働省エイズ動向委員会の調べによると、日本国内でHIVに感染もしくはAIDSを発症した患者数は年に1,500人前後と報告されている[3]。近年HIV感染者数が増加、もしくは横ばいの状態が続くことは主要先進国では珍しい。また、AIDS発症により初めてHIV感染が判明する、「いきなりエイズ」の例も少なくない。AIDS発症後からの治療は、発症前から始める際と比べて困難になるため、HIV感染を早期に発見して治療につなげることがより高い治療効果を得るためにも重要である。

愛知県ではHIV抗体検査件数の減少を受け、検査希望者が他者を介さずに自らできる無料の検査、iTestingの導入を進めている[4]。このように早期発見、早期治療と医療技術の進歩によりHIV感染は不治の病から慢性疾患に変化しつつあるわけだが、今回はゲノム編集技術によりHIV感染を根治させることに焦点を当ててご紹介したい。

HIVとは

前述の通り、HIVが体内に存在している状態がHIV感染だが、この感染経路は主に性的接触、母子感染 (妊娠中、出産時、母乳を介してなど) 、血液を介して (輸血、臓器移植など)の3つである。そのため、血液や体液を介した接触が無い限り、日常生活でHIVに感染する可能性は限りなく低い。HIV感染初期は無症状または発熱や喉の痛みといったインフルエンザに似た症状が見られるものの、多くの場合自然に軽快するため、感染に気付きにくい。その後、自覚症状がないまま体内の免疫力低下が進む無症候期を数年~10年間ほど経て、日和見感染症などの指標疾患を発症することでAIDS発症と診断される[2]。

HIVは直径約110 nmのエンベロープを有するRNAウイルスで、レトロウイルス科のレンチウイルス属に属する。レトロウイルスはウイルスゲノムRNAを逆転写酵素によってDNAに変換し、さらにそのDNAを宿主細胞の染色体へ組み込むという特徴を持つ。レトロウイルスの中でより構成が複雑なものをレンチウイルスと呼び、レンチウイルスは分裂・非分裂細胞のどちらにも効率よく感染する。また、ゲノムが宿主の染色体に組み込まれる性質から顕性症状を起こす前に何年も複製を続けられる。

HIVは特定の細胞種に侵入する能力、細胞指向性を持ち、CD4陽性T細胞に結合しやすい。HIVのライフサイクルに着目すると、まず、ウイルス粒子がT細胞のCD4と補助レセプターに結合することで、ウイルスエンベロープが細胞膜と融合してウイルス遺伝子が細胞内に挿入される。その後、逆転写酵素が挿入されたウイルスRNAゲノムをコピーして作られた二本鎖ウイルスcDNAが核内の宿主DNAに組み込まれる。T細胞が活性化すると、転写因子のNFκBとNFATの発現が誘導されてプロウイルスのLTRに結合することからHIVの転写が開始する。ウイルスゲノムの両端に存在するLTR (long terminal repeat) は宿主遺伝子へのプロウイルスの組み込みに必要で、ウイルス遺伝子発現を調整する制御タンパク質の結合部位を有する。HIVの転写が開始され、転写物が何回かスプライシングを受けて、初期遺伝子であるtatやrevの翻訳ができるようになる。TatはウイルスRNAの転写増強、Revは非スプライシングあるいは1回スプライシングしたウイルスRNAの細胞質への輸送促進を担う。さらに、後期タンパク質のGag、Pol、Envが翻訳されてウイルス粒子を形成し、細胞を出芽する。このように、HIVは免疫細胞を標的として緩やかに増殖する。ちなみにGag構造タンパク質はウイルスコア、Polはウイルスの複製と組み込みに必要な酵素、Envはウイルスエンベロープ糖タンパク質である[5]。

HIVの治療法

現在、HIV患者に対して最も行われている治療法はcART (併用抗レトロウイルス薬療法) またはARTと呼ばれ、これはHIVのRNA量を検出限界以下に抑え続けることを目標に抗HIV薬を2剤あるいは3剤以上を併用する治療法だ。最近では早期治療が予後をより改善するとの知見が示され、CD4陽性リンパ球数に依らず、早急な治療開始が勧められている[6]。抗HIV薬の中でHIVを抑制する効果がより強力な薬剤をキードラッグ、キードラッグを補足しウイルス抑制効果を高める役割をもつ薬剤をバックボーンと呼び、初回治療ではキードラッグ1剤 (PIもしくはINSTI) とバックボーン2剤 (NRTI) の組み合わせが推奨されている[7]。

NRTI (ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬) は五炭糖の3’ 部分の水酸基を欠いた修飾ヌクレオシドからなる。活性化されてリン酸基付加ヌクレオチド型になると、逆転写酵素により伸長しつつあるHIVのDNA鎖内に正常なヌクレオチドの代わりに組み込まれる。けれど、3’ 部分の水酸基の欠如から次に結合するべきヌクレオチドが結合できず、結果としてウイルスDNAの伸長を阻害する。また、HIV機能タンパク質は、複合タンパク質として産生されてからHIV固有のプロテアーゼによって切断されて、はじめて機能を発揮する。PI (プロテアーゼ阻害薬) はこのプロテアーゼの酵素活性部位に結合し、活性を消失させることでウイルスが完成型となれずに感染力を失わせることができる。そして、INSTI (インテグラーゼ阻害薬) はHIVの複製に欠かせない酵素の1つであるHIVインテグラーゼの触媒活性を阻害することが可能だ。

個々の患者に応じて各抗HIV薬の組み合わせは選択される。また、抗HIV薬は今なお改良されているため、副作用が少なく、服薬も1日1回1錠で十分、と昨今患者にとっての負担が軽減されている[8]。

HIVの根治に向けて…

このような治療法の確立により、HIV感染症は不治の病から慢性疾患へと変化し、昔のように恐れられることは少なくはなった。しかし、HIVが増殖過程で感染細胞の染色体にウイルス遺伝子を組み込む性質を持つことや、HIVが潜伏感染した細胞を感染者の体内から排除することが難しいことから、現状では完治は不可能だ。そのため、感染した場合にはARTにおける抗HIV薬の服薬を一生続けていかなければならない。今回はゲノム編集技術の1つ、CRISPR-Cas9を用いてHIV根治への道を切り拓く2つの研究について紹介する。

HIV調節遺伝子を標的とするRNA-guided CRISPR-Cas9

1つ目は前述のHIV調節遺伝子、tatとrev遺伝子を標的とするRNA-guided CRISPR-Cas9を設計したという研究だ。RNA-guided 、gRNAとはCRISPRの系において、Cas9タンパク質を染色体上の標的DNA配列に導くRNAであり、CRISPRのDNA配列特異性を決める。

ナイーブT細胞はART抑制下で潜在的なHIV-1 (血清学的・遺伝学的性状から、HIVはタイプ1とタイプ2に大別され、世界流行の最も主要な原因であるのがHIV-1) を保持しており、ARTを止めると急速なウイルスのリバウンドが起こる。そのため、ナイーブT細胞を意図的に再活性化させ、ウイルスタンパク質を生成し始めた所でARTの標的にする ”Shock and Kill” という治療法が編み出された。詳細に説明すると、HDACi (ヒストン脱アセチル化酵素) の阻害剤を用いて潜伏状態にあるリザーバー (病原巣) 細胞内のHIVを活性し、ARTを併用することでHIVの排除を試みる。しかし、再活性化した感染細胞の排除には至らなかったことから、プロウイルスゲノムの直接破壊が必要だという結論に至った。
HIVが活性化した後、後期の転写が成功するかどうかはTatとRevの発現に依存する。これらの遺伝子は活性化T細胞においては非常に高いウイルス遺伝子発現、ナイーブT細胞ではプロウイルスの潜伏状態維持、とHIV複製に関して重要な役割を担う厄介な存在である。まず、TatとRevの特定のDNA配列を認識するgRNAを含んだCRISPR-Cas9を構築し、HIV-1制御タンパク質発現への影響を調べた。FLAGタグつきのHIV-1 NL4-3 tatかつrevを搭載したレンチウイルスベクターを細胞に感染させ、実際のHIV-1感染を模倣した細胞を用意した。用意されたFLAG結合のTatとRev発現HEK293T細胞株に、設計したgRNAを含むS.pyogenes Cas9ヌクレアーゼを発現するレンチウイルスベクターをMOI10で導入した。MOIとは多重感染度のことで、1細胞に感染するレンチウイルス粒子の数である。導入後、ウエスタンブロットで解析したところtat およびrev-CRISPRはWT (非導入細胞)に比べて、TatおよびRevの発現と機能が失われたことがわかった。

また、HIV-1プロウイルスゲノム内のCRISPR-Cas9のヌクレアーゼ活性を確認するためにCRISPRを導入した細胞のオンターゲット塩基配列を比較したところ、tat は96.4%、rev は96.7%変異が成功していた。変異の種類としては欠失が最も多く、次いで挿入、インデルの組み合わせ、置換だった。このことから、様々なタイプの変異がCas9のDSB部位 (DNA2本鎖切断部位) に正確かつ高頻度に見られたことが伺える。

ちなみに、CRISPR-Cas9の認識機構は配列ミスマッチを許容することがある。PAM (プロトスペーサー隣接モチーフ:CRISPR-Cas9システムの特異性は、標的配列直下のこの配列に依存する) 領域より遠位では、目的遺伝子とは異なる配列上で切断と変異導入が起きるオフターゲット変異が起きやすく、それが細胞死につながる。そこで、細胞生存率からT細胞に対するCRISPR-Cas9システムの影響を調べたところ、細胞数が変わらないことがわかった。さらに、オンターゲットでは変異が見られたもののオフターゲットでは切断産物が見られなかったことから、CRISPR-Cas9を導入しても細胞の生存率に変化はなく、検出可能なオフターゲット変異も生じなかったことが明白となった。
最後に、HIV-1のLAV株を保有するヒトCD4陽性T細胞株 (L-2細胞) にgRNA-CRISPR-Cas9を導入し、HIVの複製をWTと比較すると、放出されるp24キャプシドタンパク質の量が有意に低かった。また、HIV-1から env と nef を除いたR7株を潜伏感染させたJurkat CD4陽性T細胞クローン (J-Lat 10.6細胞) にもgRNA-CRISPR-Cas9を導入した。J-Lat 10.6細胞は転写装置がHIV-1 LTRプロモーターにアクセスできないようにクロマチン構造が改変された細胞で、クロマチンが再構築されるとプロモーターへアクセスできるようになり、ウイルスタンパク産生を開始する。こちらの導入結果も、WTと比較するとHIVの複製が有意に低かったことから、CRISPR-Cas9は持続感染および潜伏感染したヒトCD4陽性T細胞におけるHIV-1複製を抑制したことが証明された。

以上に挙げた研究成果からCRISPR-Cas9がHIV-1の制御遺伝子を特異的に標的とし、ウイルスの複製を抑制するために利用できる可能性が示された[9]。

LASER ARTとCRISPR-Cas9の併用処置

2つ目に紹介したいのが、LASER ARTに加えてCRISPR-Cas9を処置することでHIV感染したヒト化マウスのHIV-1リバウンドを阻止できたという研究だ。HIV-1治療では組み込まれたプロウイルスDNAやウイルス保有細胞を細胞毒性反応なしに除去することが重要な課題である。より効率的な治療を可能にするために開発されたのがLong-acting Slow-Effective Release ART (LASER ART)だ。ドルデグラビル (DTG:INSTIの一種) とラミブジン (3TC:NRTIの一種)、アバカビル (ABC:NRTIの一種)のプロドラッグとしてミリスチン酸によるエステル化で合成された。プロドラッグとはそれ自体に薬理作用はないものの生体内で代謝されることで活性物質に変化し、薬効を現す薬だ。LASER ARTは長時間作用型の疎水性抗レトロウイルスナノ粒子がウイルス複製を阻害するのを促進する。

実験に入る前にNSGマウスにヒト造血幹細胞 (HSC) を再構成し、HIV-1に感染しやすいヒトT細胞をマウス内に産生させて、HIV-1に感染したヒト化マウスの作成を行った。また、HIV-1のLTRプロモーター領域を標的とするgRNAと、gag遺伝子を標的とするgRNAからgRNAの設計を行い、HIV-1の複数の組織での導入効率が高いことからAAV9がCRISPR-Cas9導入用のベクターとして選ばれた。

まず、HSCを再構成したNSGマウス (33匹)を2週間 HIV-1 NL4-3に感染させ、そのうち4匹を感染しているか確認するために使用した。感染の確認が取れてから、第1群 (6匹) は無処置、第2群 (6匹) にはAAV9-CRISPR-Cas9を静脈注射、第3群 (10匹) にはLASER ARTを筋肉注射した。第4群 (7匹) にはLASER ARTの後にAAV9-CRISPR-Cas9を投与した。 (表1) LASER ARTを投与した動物群では、ウイルスが検出できないほどに減少した。投与を止めると、第3群の10匹全てと第4群の5匹でウイルスリバウンドが起こったが、第4群の残り2匹はリバウンドが観察されなかった。また、細胞内のウイルスDNAレベルを測定すると、第4群の併用療法は第2群や第3群の単独療法よりも、DNAコピー減少効果が高いことがわかった。この時、非感染個体と感染個体を比べて細胞数が変わらなかったことから処置を通じて細胞毒性が無いことも実証された。

表1:HIV-1 NL4-3に感染させたNSGマウスの結果
個体数 処置方法 LASER ART投与停止後
第1群 6 無処置
第2群 6 AAV9-CRISPR-Cas9
第3群 10 LASER ART 全個体ウイルスリバウンド
第4群 7 AAV9-CRISPR-Cas9 / LASER ART 2匹はウイルスリバウンド無し

HIV-1 NL4-3はTトロピック (指向性) だったのに対して、マクロファージトロピックウイルス株を感染させた別のHSC再構成NSGマウスでも同様の実験を行った。感染が確認された後、第1群 (4匹) は無処置 、第2群 (6匹) にはLASER ARTとCRISPR-Cas9の併用療法、第3群 (7匹) にはLASER ARTの単独療法を施した。 (表2) LASER ARTを止めて10週間経過した後、第1群と第3群は全ての個体で継続的なウイルス複製が見られたが、第2群内の3匹はウイルスリバウンドが無かった。

表2:マクロファージトロピック株に感染させたNSGマウスの結果
個体数 処置方法 LASER ART投与停止後
第1群 4 無処置
第2群 6 AAV9-CRISPR-Cas9 / LASER ART 3匹はウイルスリバウンド無し
第3群 7 LASER ART 全個体ウイルスリバウンド

最後に、HIV-1に感染したCD34+HSC再構成動物を新たに用意し、LASER ARTとCRISPR-Cas9がウイルスリバウンドを排除する能力を確認したところ、10匹中4匹は複製能力のあるウイルスが認識されなかった。

以上の結果を併せて、LASER ARTとCRISPR-Cas9による治療を連続して受けた動物の3分の1以上がHIV感染していないことがわかった。感染しなかった理由としてはLASER ARTの効率的な細胞内への送達、ウイルス増殖部位での導入効率および切除療法といった複数要因の組み合わせが影響していることが伺える[10]。

今回紹介した2つの研究例から、CRISPR-Cas9システムはHIV感染への機能的な治療を実現するための有利な手段だと言える。今後は、これらの研究によって明らかになりつつあるHIV除去作用機序の解明を進めることでHIV感染根治への道が開けるのではないかと考える。

(文責:陣内響子)

参考文献

[1] エイズ予防情報ネット API-Net 日本の状況:エイズ動向委員会 四半期報告 2021年[令和3年] 保健所等におけるHIV抗体検査件数

[2] 東京都福祉保健局 東京都性感染症ナビ HIV/エイズ

[3] 厚生労働省エイズ動向委員会 令和元(2019)年エイズ発生動向 – 概要 –

[4] 新型コロナ感染拡大状況下におけるエイズ・性感染症の検査機会提供のあり方

[5] 免疫生物学第9版 南江堂 2019年 監訳者:笹月 健彦

[6] HIV感染症「治療の手引き」 第24版 日本エイズ学会 HIV感染症治療委員会

[7] HIV感染症の治療 中四国エイズセンター

[8] 4. 抗 HIV 治療薬 鯉渕 智彦

[9] Ophinni, Y., Inoue, M., Kotaki, T. et al. CRISPR/Cas9 system targeting regulatory genes of HIV-1 inhibits viral replication in infected T-cell cultures. Sci Rep 8, 7784 (2018).

[10] Dash, P.K., Kaminski, R., Bella, R. et al. Sequential LASER ART and CRISPR Treatments Eliminate HIV-1 in a Subset of Infected Humanized Mice. Nat Commun 10, 2753 (2019).

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