【導入事例】ノックアウトマウスからイオウ転移酵素の未知の生理学的意義を探る(昭和薬科大学 石井先生)

2022.10.18

昭和薬科大学石井功教授は、2017年12月にMpst欠損マウスの作製をセツロテックにご依頼いただき、翌年3月にエキソン欠損F0マウス4匹を納品いたしました。当社で作製したMpst欠損マウスの解析結果を含む論文は、国際学術誌『International Journal of Molecular Sciences』誌において2020年1月に発表されました[1]。また、2021年1月には、Tst欠損マウスと、Tst/Mpstの2つの遺伝子の2重欠損マウスをご依頼いただき、当社は同年8月にF0マウスをそれぞれ19匹、15匹を納品いたしました。これらの依頼経緯を含め、石井先生に、研究の背景や今後の展望についてのお話を伺いました。

培養細胞からノックアウトマウスの解析へ

私は薬学部出身で、学位を取るときには細胞実験をしていました。細胞実験では、薬剤を投与すると何らかの活性が変化したり、細胞の形状や増殖が変化したりすることは確認できます。しかし、細胞実験では個体レベルでの変化をとらえることは困難です。そこで、当時に登場したノックアウトマウスを作製して、生体における遺伝子機能の解析を始めることにしました。現在は、生体内におけるイオウの代謝が研究テーマです。

隣接するイオウ転移酵素遺伝子は解析するのは困難

古来より毒ガスとして知られている硫化水素(H2S)は、現在では一酸化窒素と一酸化炭素に続く第3の生理活性ガスとして注目されています。H2Sや硫黄分子が付加された活性硫黄分子種を産生する酵素として、3-メルカプトピルビン酸イオウ転移酵素(MPST: 3-mercaptopyruvate sulfurtransferase)とチオ硫酸イオウ転移酵素(TST: thiosulfate sulfurtransferase)などがあります。MPSTは3-メルカプトピルビン酸を、TSTはチオ硫酸化合物を基質にすることが、生体外での試験管内の実験から明らかになっていますが、生体内での機能や生理学的意義は不明のままです。

生体内における酵素の機能を明らかにするには、その酵素をコードする遺伝子の機能を欠損させたマウス(ノックアウトマウス)での解析が有効です。これまでに、国内外で、相同的組換えによって作製されたMpstとTstの機能欠損マウスが報告されています。しかし、MpstとTstは、染色体上で隣り合わせに位置するホモログであるため、ノックアウトマウスの作製には注意が必要です。例えば、Tstノックアウトマウスでは隣のMpstのプロモーター領域まで欠損している可能性がありました。また、Mpstノックアウトマウスでは、Mpstの活性は確かに失われたものの、一方でTstの発現が上昇して機能的には代償されてしまったことが報告されています。Mpstの機能を欠損させ、かつ隣接するTstの発現などに影響を与えないようにするためには、遺伝子改変領域を限局する必要があると考えました。それには、ゲノム編集しか方法がありません。

そこでセツロテックに、Mpstノックアウトマウスの作製を依頼しました。エキソン2を標的に、3系統において機能欠損を確認できたので、このノックアウトマウスを用いて解析を行うことにしました。

ゲノム編集によるノックアウトマウスで熱産生の異常を発見

まず、Mpst KOマウスにおいて我々が懸念していたことである、Tstの発現への影響を検証しました。MpstとTstは、いずれもほぼすべての臓器で発現します。今回は比較的両遺伝子が強く発現する肝臓や腎臓などにおいて、ウェスタンブロッティングでそれぞれのタンパク質の発現量を確認したところ、ゲノム編集によるMpstノックアウトマウスでは、MPSTの発現がほぼ消失していたのに対して、TSTの発現量は野生型と比較して変化は見られませんでした。また、ノックアウトマウスでは、3-メルカプトピルビン酸の代謝についてMPST活性がほぼ失われていることが確認できました。

次に、ゲノム編集によるMpstノックアウトマウスでは、3-メルカプトピルビン酸の酸化物とシステインとの結合物が尿中に蓄積していることがわかりました。ヒトでは、MPST機能欠損によって同様の病態があることから、今回のノックアウトマウスはヒトの遺伝性疾患のモデルマウスになる可能性が示されました。

MPSTが産生するH2Sは、ミトコンドリアにおいて熱酸性に関係していることが最近注目されています。そこで、今回のノックアウトマウスにおける熱産生について検証しました。野生型マウスでは、受動的全身性アナフィラキシーを引き起こすと、直腸体温が一過的に低下します。ところが、Mpstノックアウトマウスでは、体温低下がより大きく、その回復も遅れるという有意な変化が見られました。他の硫化水素産生酵素であるcystathionine γ-lyase(Cth) ノックアウトマウスでは体温低下の増悪化が認められなかったため、ミトコンドリアにおけるMPSTは、体温調節に関与している可能性が示唆されます。こうしたことは、細胞での試験や試験管内の試験ではわからず、ノックアウトマウスを用いた表現型解析だからこそわかることです。

今後の研究展望

この成果を発表した後、セツロテックにTstノックアウトマウスと、Tst/Mpst ダブルノックアウトマウスの作製を依頼しました。現在は繁殖中であり、熱産生についてTSTとMPSTがどのように関わっているのか調べていきたいと考えています。

また、そもそもTSTとMPSTは、植物に含まれる青酸配糖体の分解物である有毒なシアン化物にイオウを転移することで無毒化できると生化学の教科書には記載されています。しかし、両酵素が生体内で本当にシアン化物の解毒のために作用していることを実証した報告はありません。我々は、生体内で有益な作用を有するH2Sや活性硫黄分子種を産生するために、イオウ転移作用があるTSTとMPSTが存在するのではないかと考えています。熱産生も含め、TSTとMPSTの生理学的意義を探ることが今後の目的です。

セツロテックへの要望

KOマウスの作製は通常の研究室では難しいと思います。それを委託できるのは、時間やコストの面において大きなメリットがあります。進捗状況を逐一報告していただけるので安心感もあります。セツロテックには2回依頼していますが、着実に技術が上がっていると思います。

要望があるとすれば、納品するマウスがデフォルトの契約では2匹となっていますが、価格を上げてでも5匹くらいに増やすのがよいかと思います。ノックアウトマウスは、作製することも重要ですが、納品されたマウスを増やすことも重要です。繁殖には半年くらいかかりますが、うまく繁殖できない可能性もあります。我々は、繁殖が失敗する可能性があることを理解しているので、今回は全数納品を希望しましたが、ノックアウトマウスに詳しくない方ほど落とし穴になるかもしれません。繁殖にはまず雄を試すなど、詳しくない方向けに細かい情報を出すと親切かと思います。

取材後記

石井先生は、「これまでさまざまなノックアウトマウスを作製してきましたが、予想できたことを証明するよりも、予想外のことを見つけることのほうが楽しいです」と、基礎研究ならではの面白さも語っていました。仮説検証のみならず、新たな発見につながるよう、今後も当社はノックアウトマウスの作製とさらなる技術開発に取り組みます。

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石井功
石井功 先生 昭和薬科大学薬学部教授。東京大学薬学部、同大学院博士課程修了、薬学博士。理化学研究所、東大医学部・薬学部、UCSD医学部、国立精神・神経センター、群馬大医、慶應医学部・薬学部を経て2016年より現職。