【導入事例】ゲノム編集ノックアウトマウスを用いた、がん幹細胞のリゾリン脂質代謝の意義の解明(広島大学 仲先生)

2021.02.10

広島大学 原爆放射線医科学研究所の仲一仁准教授は、2018年4月にセツロテックにGdpd3ノックアウトマウスの作製を依頼し、当社は外部ブリーダーを通じて当年9月にF0マウス3匹を納品いたしました。その後、 2020 年 9月 17 日に英国オンライン科学誌 『Nature Communications』において、当社で作製したGdpd3ノックアウトマウスの解析結果が掲載されました[1]。そこで、研究の背景や今後の展望についてお話を伺いました。

慢性骨髄性白血病の再発とがん幹細胞

慢性骨髄性白血病(CML: chronic myelogenous leukemia)は、かつては不治の病でしたが、2001年にCMLの原因遺伝子であるBCR-ABL1を標的とするチロシンキナーゼ阻害剤(TKI: tyrosine kinase inhibitor)が承認されたことで患者さん治療は劇的に改善しました [2]。現在、TKI治療後の再発をどのように克服するかが重要な課題となっています。例えば、TKIであるイマチニブにより寛解状態を維持した患者さんで投与を中止してみるという試みが行われましたが、およそ半数では根治しており、残りの患者さんでは再発が起こることが報告されています[3]。

近年、このようなCMLの再発の原因となる細胞として、CML幹細胞の存在が知られています。CML幹細胞は、CML細胞のもととなる細胞です。CML細胞を大量に生み出す性質をもちながら、CML幹細胞自身は増殖活性が低い「休眠状態」を維持することで、TKI抵抗性を獲得しています。TKIは増殖活性の高いCML細胞に治療効果を示しますが、CML幹細胞は増殖活性が低いため作用しにくいと考えられています。そのため、TKI治療をおこなってもCML幹細胞が生存し続け、再発の原因になるとされています。

脂質代謝によるCML幹細胞の維持を解明

そこで私たちは、CML幹細胞の生存維持や休眠状態に関わるメカニズムを解析し、CML幹細胞をターゲットとする新しい治療法の研究をおこなっています。

CMLがん幹細胞ではリゾリン脂質酵素の発現が亢進している

私たちは、以前、CML幹細胞のマウスモデルの構築を行いました[4]。このCML発症マウスからCML幹細胞を分離し、RNA-SeqによりCML幹細胞で発現が変化する遺伝子発現プロファイルの解析を行いました。そして、CML幹細胞ではリゾリン脂質代謝を行うGdpd3が強く発現していることを見いだしました。一般に、細胞膜を構成するリン脂質は2本の脂肪酸を持つのに対して、リゾリン脂質は脂肪酸を1本しかもたないためリン脂質に比べて親水性が高く、それ自身生理活性をもつと考えられています。Gdpd3は、このようなリゾリン脂質を加水分解してリゾホスファチジン酸(LPA: lysophosphatidic acid)を産生する酵素として知られています。しかし、なぜ、CML幹細胞はGdpd3を高発現しているのか、リゾリン脂質の役割はこれまで全く報告されていませんでした。

そのような時、研究室にセツロテックの担当者様がお見えになられました。私たちは即決でGdpd3ノックアウトマウスの作製を決断しました。この運命的な出会いにより、これまで未知のCML幹細胞におけるGdpd3研究へのチャレンジが始まりました。

Gdpd3ノックアウトマウス由来のがん幹細胞は休眠状態を維持できない

当初、生まれたGdpd3ノックアウトマウスに目立った異常はありませんでした。

しかし、それは、非常に少ない幹細胞の研究を行う上では重要なことです。少ない幹細胞に特異的な機能を担う重要な分子ほど、表面的な特性は見えにくいものです。また、もし、がん幹細胞に特異的なメカニズムを見つけることができれば、副作用が少なくてすむことを暗示しています。私たちは、早速CML幹細胞の連続移植を行い、機能評価を開始しました。Gdpd3ノックアウトマウスと、比較対象として野生型マウスから造血幹細胞を取り出し、BCR-ABL1遺伝子を導入して移植(1次移植)を行いました。私は、もしかすると、Gdpd3ノックアウトマウス由来のCML幹細胞は、その機能が低下して、CMLを発症しなくなるのではないかと予測(期待)していました。しかし、結果は真逆で、Gdpd3ノックアウトマウス由来のCML幹細胞では、野生型マウス由来のCML幹細胞に比べて白血病発症能が高く、全てのマウスが先に死亡してしまいました。このことは、Gdpd3ノックアウトマウス由来のCML幹細胞 は休眠状態を維持できず、増殖活性が高くなり、その結果、長期間の幹細胞性を維持できなくなることを示唆しています。この時の、雷に打たれたような衝撃はなかなか体験できるものではありません。自然ははるかに偉大であることを学ばせていただいた瞬間です。このことを証明するため、1次移植マウスからCML幹細胞を純化して別の野生型マウスに移植(2次移植)すると、(今度は予想どおり)Gdpd3ノックアウトマウス由来のCML幹細胞ではCML発症能がほとんど失われていることがわかりました。実際に、CML幹細胞の増殖能について調べると、BrdU陽性で示されるS期の細胞が有意に多く見られました。これらの結果から、Gdpd3遺伝子が欠損することでCML幹細胞の増殖能が亢進し、休眠状態が維持できないことが証明されました。

さらに、Gdpd3遺伝子欠損CML幹細胞ではLPAの産生量が減少していること、細胞増殖を促すAKT/mTORC1パスウェイが活性化していること、幹細胞の維持に関わるFoxo3aの活性が低下していることもわかりました。

最後に私たちは、Gdpd3遺伝子欠損のCML幹細胞に対するTKI抵抗性を評価しました。その結果、TKI(ダサチニブ)を投与したところ、Gdpd3ノックアウトマウス由来のCML幹細胞を移植したマウスではCMLの再発を有意に改善できることがわかりました。これらの結果から、Gdpd3によるリゾリン脂質代謝はCML幹細胞の維持に必須な役割を担っており、Gdpd3欠損によりCML幹細胞の休眠状態が維持できなくなってTKI抵抗性が低下することを明らかにすることができました。

今後の展望

これまで、多くを占めるCML細胞ではBCR-ABL1などによるオンコジン依存的メカニズムによって増殖能を獲得していることが知られています。抗がん剤による治療ではこの増殖活性を抑制することで治療効果が得られます。しかし、再発の原因となるCML幹細胞はオンコジン非依存的なメカニズムによって休眠状態を獲得しており、そのため抗がん剤治療を難しくしています。今回私たちは、Gdpd3によるリゾリン脂質代謝パスウェイによるCML幹細胞の休眠メカニズムの一端を解明することができました。

今後、Gdpd3を阻害する分子標的薬を開発できれば、TKIと併用することでCML患者の予後をさらに改善できる可能性があります。また、他のがん種のがん幹細胞においてもGdpd3によるリゾリン脂質代謝の機能解析を行いたいと考えています。オンコジン非依存的なリゾリン脂質代謝を標的とする新しいコンセプトのがん再発治療の開発につながればと思います。

セツロテックへの要望

セツロテックにGdpd3ノックアウトマウスの作製は、依頼してから届くのに約4カ月と早く、すぐに解析に取り掛かることができました。これはセツロテックの品質と社員の皆様の誠実なご対応の賜物と考えています。ノックアウトマウス作製は他に替えがたい価値があり、今後も研究を継続していきたいと考えております。

また、遺伝子改変マウスの樹立はゲノム編集の技術が最も活かされる領域と考えています。多くの先生方にもご検討いただいて、セツロテック製のノックアウトマウスが普及してほしいと思います。私自身も、次回ノックアウトマウス作製の際にはセツロテックに依頼しようと考えています。

取材後記

仲准教授には、ノックアウトマウスを使うことで非常に数か少ないがん幹細胞の機能解析が発展することを語っていただきました。ノックアウトマウスを用いた解析といえば表現型を観察することが多いのですが、遺伝子欠損のがん幹細胞を単離して病態モデルマウスを作製するというユニークなアプローチを採用しているのが印象的でした。

<参考文献>

  1. Naka K, Ochiai R, Matsubara E, et al. The lysophospholipase D enzyme Gdpd3 is required to maintain chronic myelogenous leukaemia stem cells. Nat Commun. 2020;11(1):4681.
  2. Kantarjian H, O’Brien S, Jabbour E, et al. Improved survival in chronic myeloid leukemia since the introduction of imatinib therapy: a single-institution historical experience. Blood. 2012;119(9):1981-1987.
  3. Mahon FX, Rea D, Guilhot J et al. Discontinuation of imatinib in patients with chronic myeloid leukaemia who have maintained complete molecular remission for at least 2 years: the prospective, multicentre Stop Imatinib (STIM) trial. Lancet Oncol. 2010; 11: 1029-1035.
  4. Naka K, Hoshii T, Muraguchi T, et al. TGF-b-FOXO signalling maintains leukaemia-initiating cells in chronic myeloid leukaemia. Nature. 2010;463(7281):676-680.

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仲一仁
仲一仁 先生 広島大学 原爆放射線医科学研究所准教授。2000年、広島大学大学院医学系研究科病理系専攻博士課程修了。国立長寿医療センター研究所博士研究員、岡山大学大学院医歯学総合研究科助教、金沢大学がん進展制御研究所助教、同研究所准教授を経て2015年より現職。専門分野は幹細胞生物学。