【導入事例】ノックアウトマウスを用いて、エリスロマイシンが肺炎と歯周炎における炎症抑制作用を発揮する機序を解明(新潟大学 前川先生)

2020.10.8

新潟大学歯学部の前川知樹准教授は、2017年12月にセツロテックに抗炎症分子であるDEL-1のノックアウトマウスの作製を依頼し、当社は翌年4月にF0マウス7匹を納品いたしました。その後、2020年8月6日に国際学術誌『JCI Insight』誌において、当社で作製したDEL-1ノックアウトマウスの解析結果を含む論文が掲載されました。そこで、研究の背景や今後の展望についてお話を伺いました。

歯周炎治療薬のエリスロマイシンには抗菌以外の作用がある

私はもともと歯科医で、今でも日本にいるときは臨床の現場に立ちながら研究を行っています。「日本にいるときは」としたのは、今は新潟大学だけでなく米国ペンシルベニア大学でも准教授のポストについており、昨年(2019年)からは科研費の一環で国際共同研究のためにペンシルベニア大学で研究をしています。

本来であればすでに日本に帰国している予定でしたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で現在(2020年9月時点)も米国に滞在しています。今回『JCI Insight』誌に掲載された論文は、新潟大学で取り組んでいた内容を発表したものです。

私の大きな研究テーマは歯周炎です。歯周炎は、歯茎の炎症が歯を支える構造にまで広がる疾患で、骨が破壊され、やがて歯が抜ける状態に至ります。歯周炎の薬物治療として、歯周炎の原因となる細菌を除去するために、マクロライド系抗菌薬であるエリスロマイシンが使用されています。

一方で、マクロライド系抗菌薬は抗菌作用だけでなく、免疫調節作用や炎症抑制作用があることが報告されています。その一例に、COVID-19の肺炎症状を改善したという臨床報告もあります。さらに、マクロライド系抗菌薬は感染症ではない疾患、例えば嚢胞性線維症や慢性閉塞性肺疾患(COPD: chronic obstructive pulmonary disease)の治療にも使用されています。

しかし、マクロライド系抗菌薬がどのように炎症抑制作用を発揮しているのか、詳細は不明でした。

エリスロマイシンはDEL-1の発現上昇と炎症抑制を誘発する

マクロライド系抗菌薬が炎症抑制作用を有する理由として考えられてきたのが、好中球による炎症を抑えているのではないか、ということです。

好中球の遊走を阻止する分子として、血管内皮細胞で発現するdevelopmental endothelial locus-1(DEL-1)タンパク質が知られています。DEL-1は、好中球がもつインテグリンに対して拮抗するため、好中球の血管外への遊走を阻止することで炎症を抑制します。以前に私たちは、実験的自己免疫性脳脊髄炎を引き起こしたマウスにおいて、脳に好中球が到達しないようにすると炎症を抑えることを報告しました。また、サルにおいても、DEL-1は炎症性の骨吸収を抑制することを報告しました。

そこで私たちは、マクロライド系抗菌薬であるエリスロマイシンはDEL-1の発現を誘導することで炎症抑制作用を発揮するのではないか、と仮説を立てました。

細菌の内毒素であるリポ多糖(LPS: lipopolysaccharide)を用いて実験的に肺炎を起こしたマウスにエリスロマイシンを投与すると、肺組織においてDEL-1の産生、さらに好中球の減少と肺胞の改善が認められました。致死性の量のLPSを用いた場合には、エリスロマイシンの投与により生存率の改善も認められました。これらの改善は、他のマクロライド系抗菌剤であるペニシリンやジョサマイシンでは観察できなかったので、エリスロマイシン特有の作用であることが明らかになりました。

同様の改善は、歯周炎でも認められました。歯茎に糸を巻きつけて歯肉炎を再現したマウスに対してエリスロマイシンを投与すると、炎症抑制、骨の溶解量の抑制が認められました。これらもペニシリンとジョサマイシンでは見られませんでした。

以上の実験はすべて野生型マウスで行ったものですが、エリスロマイシンがDEL-1依存的に炎症抑制作用を発揮していることを示すためには、DEL-1ノックアウトマウスにおいてエリスロマイシンが炎症抑制作用を発揮できないことを示す必要があります。そこで、セツロテックにDEL-1ノックアウトマウスの作製を依頼しました。

ノックアウトマウスが論文の質を高めてくれた

ノックアウトマウスは劣性致死を懸念していましたが、幸いにもDEL-1ノックアウトマウスは生存してくれました。そして、LPSによる肺炎モデルを作製すると、DEL-1ノックアウトマウスではエリスロマイシンを投与しても好中球の減少や肺炎の改善、生存率の向上が認められませんでした。歯周炎マウスにおいても同様に、DEL-1ノックアウトマウスではエリスロマイシン投与による病態改善は認められませんでした。

以上のことから、エリスロマイシンはDEL-1の発現誘導を介して、肺炎や歯周炎における炎症抑制作用を発揮することを明確に証明できました。

ノックアウトマウスによるデータがあるのとないのとでは、論文の質が大きく変わると思います。エリスロマイシンの炎症抑制作用がDEL-1を介していることを示すためには、ノックアウトマウスを用いた実験が必要不可欠でした。ノックアウトマウスによるin vivoのデータがあると説得力があります。

論文ではその後、詳細な経路解析を行いました。その結果、エリスロマイシンは成長ホルモン分泌促進因子受容体(GHSR: Growth hormone secretagogue receptor)に作用してDEL-1の発現を誘導することを明らかにしました。

実は論文の投稿時、レビュワーから「GHSRのノックアウトマウスで検証したらどうか」という意見がありました。今回はそこまで検証できませんでしたが、やはりそれくらいノックアウトマウスは重要だと改めて感じました。

今後の展望

本研究の応用として、DEL-1を標的とした抗炎症薬、骨の再生薬の開発につなげたいと考えています。DEL-1は加齢により発現量が減少することがわかっており、それが一因となって炎症が起きやすく、そして骨が溶けやすくなると考えられています。私たちは臨床試験を行い、エリスロマイシンを投与してDEL-1の発現量や骨の密度の変化を調べたいと考えています。

ただ、その際、エリスロマイシンが抗菌薬ということで、耐性菌が懸念されます。そこで私たちは、抗菌性をもたないエリスロマイシンの改変体の中からDEL-1誘導薬を見つける研究も進めています。

また、DEL-1は骨の吸収抑制に関与するので、DEL-1ノックアウトマウスの骨に関する表現型解析も進めており、非常に興味深い結果が得られています。その一部については、もうすぐ論文として投稿しようと考えています。

前川先生 図

セツロテックへの要望

セツロテックにDEL-1ノックアウトマウスの作製を依頼したときに助かったことは、ガイドRNAの設計を担当してくださったことです。私たちはマウスやゲノム編集の専門家ではないので、ガイドRNAの設計など、CRISPR/Cas9について詳しいわけではありません。私たちが参考論文を送り、それに準じて設計してくださったのはとても助かりました。受託サービスを利用する人は、基本的に詳しくないから利用するので、ガイドRNAの設計も担当することをアピールしてもよいと思います。利用する側も安心して依頼できます。

今回の論文では、ノックアウトマウス作製方法について、Methodsでセツロテックの論文2報を引用しました。ただ、現在は論文記載用のテンプレートを用意しているとのことなので、次回からはそのテンプレートを活用したいと思います。

なお、価格も安いと思いました。日本に帰国したら、DEL-1のドメインごとに欠損させたノックアウトマウスの作製を依頼したいと考えています。また、2017年に依頼したときはFloxマウスの作製は受け付けていなかったのですが、今は依頼可能とのことなので、いずれ相談させてください。

取材後記

前川准教授には、ノックアウトマウスを使用することで論文の質が高くなることを語っていただきました。海外にもノックアウトマウス作製サービスを提供する企業が多くありますが、前川准教授が最後に「私は日本企業を応援しています」とおっしゃってくださったことは、セツロテックにとって大きな励みとなりました。

セツロテックでは、ノックアウトだけでなく点変異、ヒト化マウス(マウスタンパク質の遺伝子配列をヒトの配列に置き換えたもの)の作製も請け負っています。ぜひご相談ください。

<参考文献>
Erythromycin inhibits neutrophilic inflammation and mucosal disease by upregulating DEL-1.
Maekawa T, Tamura H, Domon H, Hiyoshi T, Isono T, Yonezawa D, Hayashi N, Takahashi N, Tabeta K, Maeda T, Oda M, Ziogas A, Alexaki VI, Chavakis T, Terao Y, Hajishengallis G.
JCI Insight. 2020 Aug 6;5(15):e136706. doi: 10.1172/jci.insight.136706.

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前川知樹
前川知樹 先生 新潟大学医歯学総合研究科高度口腔機能教育研究センター准教授、米国ペンシルベニア大学准教授。新潟大学 医歯学総合研究科博士課程修了。博士(歯学)。歯科医師、日本歯周病学会認定医。専門分野は免疫学、歯周治療系歯学。