ゲノム編集は疫病流行の最前線で迅速な検査を可能にする

1)経緯
2020年1月上旬、中華人民共和国湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎の罹患について報告され始めてから、およそ1週間後、2020年1月6日 厚生労働省は、「中華人民共和国湖北省武漢市における原因不明肺炎の発生について」と題し、現時点での状況および対応をHPに掲載した。2020年2月、原因不明の肺炎は新型のコロナウイルス感染症であり、その名称をSARS-CoV-2、疾患名COVID-19とWHOが発表。2020年3月11日WHOはパンデミックであると宣言した。

2020年4月24日19:00時点
国内死亡者数 317人。国外死亡者数 175394人。
国内感染者数 12388人。国外感染者数 2532161人。

2)SARS-CoV-2の感染力
極めて感染力の高いSARS-CoV-2は、潜伏期に他者に感染する割合が高く、強力な感染力で2次、3次と次々に感染していくため、その軌跡を追うことは容易でないと推測される。

ダイヤモンドプリンセス号の疫学調査によると最終的には 3,711 人の乗客・ 乗員(乗客 2,666 人、乗員 1,045 人)が PCR 検査を受け、696人/3,771人(18.8%)で新型コロナウイルス感染が確認された。うち無症状病原体保有者は410人/3,711人(11.0%)であった。(厚生労働省:横浜港で検疫中のクルーズ船の乗客・乗員に 係る新型コロナウイルス感染症 PCR 検査結果について(2020年 3 月 5 日))このことから、無症状病原体感染者は、少なくとも市中に1割超存在していると想像できる。

把握できない感染者がそちらこちらにいて、感染源が不明であり、感染軌跡が困難になると感染規模が把握できず、感染者数は拡大の一途をたどる。2020年4月16日、緊急事態宣言が全国に拡大した。政府は、厚生労働省のクラスター対策班での疫学調査解析結果からクラスター(患者集団)にならないよう、人と人との接触をできるだけ絶ち、行動量を80%近くまで落とすよう企業と国民へ要請。
今、一気に医療崩壊へ引きずり込まれていくような流れを止められるか、瀬戸際である。

3)社会への影響
感染者の抽出ができないとはどのようなことなのか、やはり、現状では、迅速で正確な検査が十分に実施されていないと言われていることにつきると思われる。検査は、実施しなければ当然データは得られないが、逆にこの状態で実施した検査データは、バイアスがかかるため、その解析結果には疑念が残る。精度の低い疫学予測を社会に還元することになれば、結果、社会は対処的なしのぎを繰り返し、揺さぶられ悪化する。ここに帝国データバンクのシミュレーションがある。フェーズを1~4段階にわけ、フェーズが3に到達した段階が、現状が5ヵ月~6ヵ月経過した場合である。経営が健全であった企業の倒産がみられ、11か月経過した場合、フェーズ4に突入する。この段階は、ほとんどの企業で経営難に陥り、指数的に倒産が増えるとシミュレートした。

人間社会は非常に大きな波の上で複雑に営まれていると表現できる。1つの異変が、波動を生み、瞬く間に連鎖的な下方拡大したのがこの数か月の経緯だ。今後、波動が作った波間に様々な歪が生まれ、長きにわたりそれが沈降する社会に変貌してしまう可能性もあることが帝国データバンクのシミュレーションから読み取れる。そのような事態は一番避けなければならない。

4)疾病流行の最前線で必要とされる迅速で正確な検査
迅速で正確な検査を十分に実施することは急務であると考える。検査は、誠実で責任をともなった技術の貢献が不可欠だ。そうした検査から解析した結果は、高精度の疫学の動向と将来の予測を社会に遍満させることに繋げられる。そうなって初めて社会活動量の調整と維持の正確な判断が柔軟にできるようになると考える。

昨今言われているPCR検査、抗体検査は、基幹的な検査である。PCR検査において、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)が、サンフランシスコに拠点を置くバイオテクノロジー企業Mammoth Biosciencesと共同でゲノム編集による迅速かつ正確な検査を可能とする「SARS-CoV-2 DETECTR」アッセイを発表した。

5)「SARS-CoV-2 DETECTR」アッセイの概要
SARS-CoV-2は、SARSのゲノムと新型特有のゲノムをRNAで持つ。SARS-CoV-2のエンベロープ(E)および核タンパク質(N)遺伝子をターゲットとするプライマーを3種ずつ計6種類のプライマーを用いて、鋳型RNAからDNAへの転写と等温増幅を一度に行うRT-LAMP法を実施する。

Cas12 は、ガイドRNAと相補的な2本鎖DNAを特異的に切断する働きを持つ。E遺伝子およびSARS-CoV-2の特異的検出ができるようN遺伝子のガイドRNAをそれぞれ設計する。
逆転写によりできたDNAのターゲット配列は,ガイドRNAと相補的配列であることとターゲット配列の近傍にPAMとよばれる特定の配列が必要である。Cas12が、ゲノム側のPAM配列NGG(Nはどの塩基でもよい)を認識し、「Cas12」と「ガイドRNA」と「逆転写によりできたDNAのターゲット配列」が複合体を形成する。そして、DNAターゲット配列部分は、事前に添加しておいたFAM-Biotin付加済のsingle strand DNA プローブ(DNA プローブ)と2本鎖DNAを形成する。Cas12によって2本鎖DNAが検出され、DNA プローブも切断されるとFAM-Biotinが蛍光を発する。この発光を利用してSARS-CoV-2の検出を行う。
「SARS-CoV-2 DETECTR」アッセイは、E遺伝子とN遺伝子の両方が検出された場合は陽性、EまたはN遺伝子のいずれかが検出された場合は推定陽性と見なす。

6)ゲノム編集による検査の迅速性と正確性
等温増幅は、機器の温度変化に時間をかけないので、「SARS-CoV-2 DETECTR」アッセイの場合、62℃、20〜30分のRT–LAMP反応が実現できる。Cas12によるSARS-CoV-2検出反応は、37℃で10 minのため検出総時間(鋳型RNA抽出は含まない)は計1時間未満と迅速化した。
ゲノム編集は、遺伝子の切り貼りが従来の方法より正確にできることで研究を促進してきたが、研究だけでなく今後の検査法を劇的に変える可能性がある。

7)未来に向けて
世界が猛威の中にいる。その中で、命を懸けて、懸命に戦い、戦い抜かれた方々のことを我々は真摯に受け止める義務がある。そして、ずっと向こうの未来に新たな感染症と戦う者達が、今の我々の姿を見ている。
亡くなった方々を心から哀悼し、そして未来で戦う者達にエールを送れるよう、正しい知識を持ち誠意ある技術の使用と発展に臨まなくてはならない。
                                (文責:荒川清美)

最後になりましたが、新型コロナウイルスにより亡くなられた方々に心より哀悼の意を表します。

参考文献
1)
厚生労働省-新型コロナウイルスについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

2)
岡崎医療センターにおけるSARS-CoV-2無症状病原体保有者のPCR陰性化状況
藤田医科大学岡崎医療センター(20200313)

3)
COVID-19 に関する一般的な質問に対する現時点での文献的考察 v1.2
感染症・結核学 日本呼吸器学会(2020/3/23)

4)
NHKスペシャル 新型コロナウイルス どうなる緊急事態宣言~医療と経済の行方~

5)
ゲノム編集技術「CRISPR」は、「診断」の現場でも命を救う-開発者が立ち上げたスタートアップの挑戦
https://wired.jp/2018/06/11/crispr-to-diagnose/

6)
Nature Biotecnology letter
CRISPR–Cas12-based detection of SARS-CoV-2
https://www.nature.com/articles/s41587-020-0513-4

7)
UC San Francisco
New CRISPR-Based COVID-19 Test Kit Can Diagnose Infection in Less Than an Hour
https://www.ucsf.edu/news/2020/04/417181/new-crispr-based-covid-19-test-kit-can-diagnose-infection-less-hour
8)
tructural basis for the canonical and non-canonical PAM recognition by CRISPR-Cpf1.
Takashi Yamano, Bernd Zetsche, Ryuichiro Ishitani, Feng Zhang, Hiroshi Nishimasu, Osamu Nureki
Molecular Cell, 67, 633-645.e3 (2017)

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