ゲノム編集による HLA遺伝子改変がiPS再生医療の鍵か?

1)難治性重症心不全患者の機能回復治療に向けた医師主導型治験と臨床計画について
 臨床用他家由来人工多能性幹細胞(医療用iPS細胞)から作った「心筋シート」を重症心不全患者の心臓に移植する治験が2020年1月27日開始されたと大阪大学医学部外科学講座の澤芳樹教授(心臓血管外科)らのチームによって発表された。約3年かけて計10例を実施する予定で、移植の効果や安全性を確認する。
また、慶應義塾大学医学部内科学教室の福田恵一教授(循環器内科)らのチームによる「難治性重症心不全患者を対象とした同種iPS細胞由来再生心筋球移植の安全性試験」の臨床研究計画は、同年2月5日に慶應義塾特定認定再生医療等委員会の審査によって規定に適合している旨の判定を受けた。今後、慶應義塾大学医学部および慶應義塾大学病院では本臨床研究実施に向けて、院内の所定の手続きを経てから厚生労働大臣へ申請する予定である。
 難治性重症心不全は、様々な理由で心筋梗塞や心筋炎を起こした心筋細胞が壊死し、収縮機能を失ってしまうことに始まる。一度失われた機能は再び復活することはなく、病態を免れた心筋が肥大し収縮機能を果たすものの、いずれその機能も失われ難治性重症心不全に陥ってしまう。
 国内には100万人以上の心不全の患者がおり、このうち10万人以上が難治性重症心不全の患者である。これまで難治性重症心不全の治療は、残った心機能を悪化させない対処療法であり、または骨髄細胞など既存の細胞移植、ドナーがみつかれば心臓移植がなされてきた。しかしながら、細胞移植は移植に十分な細胞数を得られないことから治療効果は限定的であり、心臓移植はドナーが限られることから、この疾患に対する有効な治療法はなかった。
 近年、人工多能性幹細胞(iPS細胞)が誕生したことにより細胞移植治療のみならず再生医療全体が新たな局面を迎えている。iPS細胞から分化誘導して作成した澤教授らによる「心筋シート」や福田教授らによる「心筋細胞」など、移植で重要な均一で効率的な細胞の供給が可能になり、機能を回復できる治療を目指せるようになった。

2)他家移植による免疫拒絶リスク
 移植における最大の課題の一つに他家移植による免疫拒絶のリスクがあげられる。
ヒト白血球型抗原(HLA)は、組織適合性抗原としてほぼすべての細胞と体液に分布しており、その主な役割は自他認識にある。
 HLAが一致しなければ非自己とみなされ免疫応答により移植片対宿主病(GVHD)や拒絶反応がおきてしまう。HLA遺伝子は第六染色体短腕部分にあり、クラス1に所属するA、B、C遺伝子、クラスⅡに所属するDP、DQ、DR遺伝子がある。まとまった【クラスⅠ(A-B-C)-クラスⅡ(DP-DQ-DR)】をハプロタイプという。A、B、C遺伝子、DP、DQ、DR遺伝子は、例えばA座について、A1、A2、A3……と数十種類の型(アリル)があり、それは、B、C遺伝子、DP、DQ、DR遺伝子も同様にそれぞれ数十種類の異なるアリルがある。そのためハプロタイプの組み合わせは、数万通りの多様性を生む。父方から一つハプロタイプ、母方の1つのタイプのハプロタイプを持ち、計2つのハプロタイプが一対になって一つのセットを形成する。両親それぞれから同じアリルを受け継いだ場合、例えばA座について、A1A1、A2A2、A3A3……のような組み合わせの細胞を「HLAホモ接合体」と言い、「HLAヘテロ接合体」の人に移植しても免疫拒絶反応が起こりにくいと考えられている。
そこで京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は、HLAホモ接合体を有する健康な方より提供された細胞からiPS細胞を作製する「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」を進めている。しかしながら、HLAホモ接合体ドナーは非常に稀であり、日本人の約9割をカバーすることができるとされる140株を集めるには、多くの時間と費用が必要となっている。

3)ゲノム編集が支える移植後免疫拒絶リスク低減の研究
レシピエントとドナーのHLA型が一致しないと、移植したドナー細胞はレシピエントのキラーT細胞からの攻撃を受ける。HLA クラス1の抗原提示能によってキラーT細胞が非自己と認識した場合のみ免疫反応を開始することから、ドナー細胞のHLAクラス1分子を消失させることでドナー細胞はレシピエントのキラーT細胞からの攻撃を回避することができる。しかし、逆にドナー細胞のHLAが消失していると、1986年にKarreらが提唱したmissing-self説によりドナー細胞はレシピエントのNK細胞からの攻撃を受ける。また、ドナー細胞のHLA クラス1の抗原提示能がなくなることによって、病原体に感染した移植細胞やがん原性を得たりした移植細胞をレシピエントのキラーT細胞が排除できなくなるリスクが想定される。

金子 新 准教授(京都大学CiRA、T-CiRA)らの研究グループは、これらの問題を解決するべくCRISPR-Cas9ゲノム編集技術を用いて、他家移植の際に免疫拒絶のリスクが少ないiPS細胞を作る2つの方法を開発した。
一つ目の方法は、一般的なHLAヘテロ接合体ドナー由来iPS細胞において、染色体の片側のHLA遺伝子部分を選択的に除去して、HLA擬似ホモ接合体を作るという方法である(方法1)。さまざまなHLA型において疑似ホモ接合体を作製することができるものの、数万通りの多様なHLA型それぞれに適合する細胞をストックする場合、さまざまな型のHLA-A、HLA-B、HLA-Cの組合せを揃える必要がある。この場合、日本人の95%以上をカバーするのに73株が必要であると試算された。
二つ目の方法は、NK細胞の反応を抑えるために、染色体片側のHLA-Cを残し、HLA-AとHLA-B遺伝子を壊すという方法である(方法2)。これらの手法で作製したiPS細胞由来細胞は、レシピエントのキラーT細胞とNK細胞の攻撃を受けにくくなることが確認された。作製した細胞をドナー細胞として用いる場合、拒絶反応のリスクを少なくするにはHLA-Cのアリルのみを合わせればよく、またHLA-CはNK細胞の働きを抑制するのに重要であることが知られている。本手法を用いると、7種類のiPS細胞株によって、日本人の95%以上をカバーできると試算された。

4)ゲノム編集が支える次世代医療
HLAゲノム編集細胞により、他家移植の際にレシピエントのキラーT細胞とNK細胞の両方からの攻撃を回避し免疫拒絶反応を抑制することができ、特に、方法2を用いた場合、ゲノム編集による次世代iPS細胞の新たな医療が期待できる。
現在、国内ではCRISPR-Cas9ゲノム編集技術を用いた臨床応用例はなく、オフターゲット変異リスクを厳密に調べることはゲノム編集による次世代医療の進展に非常に重要である。ゲノム編集で作成されたiPS細胞が、確実に目的の治療用細胞へと分化でき、より安全性の高いiPS細胞が次世代医療につながることを期待するのと同時に、ゲノム編集技術の進展が他家細胞移植の免疫拒絶のリスク低減を支え、さらに再生医療の理想であるiPS細胞を使った自家移植につなげられる。患者の希望がかなうよう研究の促進と今後の展開が期待される。

参考文献
1)
循環器領域へのiPS細胞の臨床応用の現状
福田 恵一, 遠山 周吾, 関 倫久, 湯浅 慎介, 藤田 淳
2016 年 24 巻 2 号 p. 242-251;J-stage

2)
iPS細胞から作製した心筋細胞シートの医師主導治験の実施―重症心筋症の治療に向けて―
令和2年1月27日 プレスリリース 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
https://www.amed.go.jp/news/release_20200127-02.html

3)
「難治性重症心不全患者を対象とした同種iPS細胞由来再生心筋球移植の安全性試験」の臨床研究について
令和2年2月6日 プレスリリース 
慶應義塾大学医学部 慶應義塾大学病院 日本医療研究開発機構
https://www.amed.go.jp/news/release_20200206-03.html

4)
ゲノム編集技術を用いて拒絶反応のリスクが少ないiPS細胞を作製
平成31年3月8日 プレスリリース 
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)日本医療研究開発機構(AMED)
https://www.amed.go.jp/news/release_20190308-01.html

5)
Targeted Disruption of HLA Genes via CRISPR-Cas9 Generates iPSCs with Enhanced Immune Compatibility.
Xu H1, Wang B1, Ono M2, Kagita A1, Fujii K1,
Cell Stem Cell. 2019 Apr 4;24(4):566-578.e7. doi: 10.1016/j.stem.2019.02.005. Epub 2019 Mar 7.

6)
『病気がみえるvol.5血液』
第2版 2017年3月発行 B5判 312頁 ISBN978-4-89632-652-9

7)
iPS細胞から再生した細胞に対して NK細胞が引き起こす免疫反応
河本 宏,増田喬子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jst/52/6/52_505/_pdf/-char/ja

8)
HLAホモ接合体iPS細胞臓器移植と造血幹細胞移植からの移植免疫学的考察
東海大学医学部再生医療科学 客員教授 加藤俊一
第24回幹細胞・再生医学戦略作業部会平成29年12月13日 文部科学省 資料2-2

(文責:荒川清美)

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