【導入事例】ゲノム編集マウスを用いた、脊椎骨端骨幹端異形成症2型の責任遺伝子KIF22の機能の解明(九州歯科大学 古株先生)

2020年5月、九州歯科大学生化学分野 古株彰一郎 教授、松原琢磨 准教授より、KIF22遺伝子に点変異を導入した遺伝子改変マウス作製を依頼いただき、弊社は同年11月にF0マウスを納品いたしました。その後、このゲノム編集マウスを使った研究成果が、2024年5月29日に国際学術誌『iScience』において発表されました[1]。そこで、今回、本論文の責任著者である古株先生に、ご研究の背景やマウス納品から論文掲載までの3年半の動物モデル確立までの苦労、今後の展望などについて話を伺いました。
ご研究の背景
私は、現在、九州歯科大学生化学分野でPIとして研究室を持ち、松原准教授らと一緒に、骨・骨格筋代謝機構の解明と再生医療への応用を目指して研究を進めています。今回のiScience 誌に掲載された論文は、低身長、四肢の低成長、顎顔面の形態異常、脱臼しやすい関節などの症状を有する「脊椎骨端骨幹端異形成症2型(SEMDJL2)」という先天性疾患をテーマにした研究です。SEMDJL2の患者さんでは、ゲノムのエクソーム解析によって、キネシンファミリータンパク質、KIF22の遺伝子にいくつかの点変異(point mutation)があることが確認されていたのですが、これまで病態との関連は解明されていませんでした。私も松原も歯学部出身ですが、長い間、軟骨、骨といった組織を研究してきました。2017年ごろから破骨細胞でKIFファミリーの研究をしており、軟骨細胞の先天性疾患の患者さんでKIFファミリーの遺伝子に変異があったことは、非常に興味を引きました。特に、低身長などのSEMDJL2の病気の症状を知った時に、これは絶対に骨や軟骨などの成長や増殖に何かの特徴があるに違いないと考えたのが、この研究のきっかけです。
今回の論文の内容
今回、iScience誌で発表した論文は、Kif22遺伝子にSEMDJL2患者に相当する変異を導入した時に、マウスの軟骨細胞(chondrocyte cell)でどのような変化が起きるかを明らかにしたものです。
骨が伸びるためには、まず骨の末端近くにある成長板と呼ばれる部位の軟骨が成長しなければなりません。成長板は、静止細胞層、増殖細胞層、肥大細胞層に分かれており、休止帯に存在する骨格幹細胞が軟骨細胞に分化して、増殖細胞層で細胞分裂します。肥大細胞層では、軟骨細胞は次第に大きく丸くなり、やがて骨幹に近づくにつれて軟骨基質が石灰化し、骨組織に置き換わります。そのため、骨の成長と伸長には、軟骨細胞が盛んに分裂し、細胞を供給することが大事なわけです。
私たちは、SEMDJL2患者で長管骨が成長していないという病態から、この軟骨細胞に着目しました。まず、マウス軟骨細胞の前駆細胞株ATDC5細胞で、Kif22遺伝子をshRNA を使用してノックダウンさせたところ、ノックダウン細胞の増殖率がコントロール細胞と比較して大幅に低下していることが観察されました。また、ATDC5細胞にプラスミドを導入し、SEMDJL2 で発生する KIF22変異体(Pro(R)143Leu(Q))を過剰発現させると、野生型のKIF22を導入した場合にくらべて、細胞増殖が減少していました。このとき、アポトーシスには影響はありませんでした。つまり、KIF22が機能しなくなることで、細胞数が減っているのでなく、軟骨細胞の成長や増殖が悪くなるのでということは、実は割と早い段階で突き止めることができていたのです。
今回の研究では、生後2週のマウスの脛骨成長板の切片を KIF22 抗体を用いた免疫組織化学染色で染色し、KIF22 が軟骨の増殖領域で高発現していることを確認しています。こうした結果を受け、また私たちとしても研究成果のインパクトを出したいということもあったので、次は、培養細胞ではなく、遺伝子改変マウスを作製し、生体から採取した軟骨細胞を試料に研究を進めることにしました。
そこで、CRISPR-Cas9ゲノム編集での点変異マウスの作製を、これまでにも何度かマウス作製を依頼したことがあったセツロテックさんに相談しました。当時の私たちとしては、資金的にはなかなかハードルが高いこともあり、結構頑張った依頼ではあったのですが、かなり勉強していただいたりして、感謝しています。
ただ、KIF22は、キネシンファミリータンパク質、つまり細胞の有糸分裂に関係するタンパク質ですのでこれを欠損させると、卵割から上手くいかず、ほとんどが胎生致死なんですね。セツロテックさんとのやり取りでも、この欠損が致死性の表現型につながる遺伝子であることをお伝えして、予備試験やゲノム編集をしっかりやったうえで、それでも最終的に納品できない可能性があることを承諾したうえでお願いしました。半年後に、セツロテックさんから、片アリルに目的の点変異(R144Q)が確認できたF0世代の2匹のメスを納品してもらいました。これは運次第であることは理解していますが、本当はこれがオスだったらよかったのにとは思いますね。論文のデータを取るためには個体数を増やすことが必要なので、この納品されたメス個体を使って掛け合わせたのですが、やっぱり胎生致死の影響があるようで、全然子供が取れませんでした。ここはかなり苦労し、時間がかかったところです。1匹の点変異マウスは体外受精もしたのですが、やっぱりだめでした。ただ、幸いなことに、松原が気長に半年もかけ合わせたもう1匹のゲノム編集マウス(KIF22ΔC)で子供が取れ、実験に必要な個体数を揃えることができ、これが今回のiScience誌の論文のメインデータとして使っているものです。
透明骨格標本などで観察してみると、KIF22の機能を喪失した遺伝子変異モデルマウスでは、野生型マウスと比べて、足の骨である脛骨の成長板の厚さと骨全体の長さが短くなっていました。これは低身長と四肢短縮というSEMDJL2の特徴と似ていました。また、Kif22変異マウスの肋軟骨から採取した一次軟骨細胞では、野生型マウスに由来する細胞と比較して、細胞の増殖率が有意に低下していることが示されました。興味深いことに、Kif22変異マウス由来の軟骨細胞では、有糸分裂時の異常な紡錘体の形成が著しく増加していることも明らかになりました。キネシンはモータータンパク質の一つで、ATPを加水分解しながら微小管に沿って運動し、細胞分裂や細胞内物質輸送に重要な働きをすることが知られています。つまり、Kif22 遺伝子の変異では、軟骨細胞で有糸分裂時の紡錘体の形成がうまくいかなくなり、細胞増殖が低下していることが示唆されます。
これらの結果から、SEMDJL2患者ではKIF22の遺伝子が変異し、軟骨細胞の分裂に必須の構造である紡錘体が正常に形成されないため、細胞分裂が遅くなり、結果として骨の伸長が妨げられることが考えられました。

なぜセツロテックに外注しようと思ったのか?
埼玉医科大学で、私の兄弟子の福田亨先生と同じラボに所属していた際に色々手ほどきを受けており、ちょうど私たちが独立した後も、福田先生にマウスのことは常日頃相談していました。その時、「ノックアウトマウスを作りたいのですが、良いところを知らないですか?」と聞いたら、ちょうど竹本先生がセツロテックを立ち上げたことを紹介いただいたのがきっかけです。それから、何件かゲノム編集マウス作製を依頼してきました。やはりちゃんとしたマウスを作製してもらったということは、セツロテックを利用するメリットだと思っています。
今後の研究展望
今回の論文がアクセプトされるまでの過程で、レビュアーとのやり取りでいろいろ苦労しましたが、今回の明らかにした知見により、まずSEMDJL2の治療法開発に貢献できるのではないかと考えています。さらに、KIF22は軟骨細胞に多く発現していることから、増殖を制御することで、軟骨をターゲットとした再生医療への展開も期待しています。今回作製したマウス自体は、骨に明らかなフェノタイプが観察されなかったので、研究自体は一区切りとし、今は凍結精子の状態で保存しています。本当におかげ様で、私たちもiScience誌に出せて、プレスリリースして、自他ともに一皮むけることができたなと思っており、本当に感謝していますね。
編集後記
インタビューでは、レビュアーとのやり取りや、納品後のマウス繁殖にご苦労された点など、多くの興味深いエピソードをお聞かせいただきました。
その中で印象的だったのが、ご出身の研究室では細胞への過剰発現が主流だったそうですが、ゲノム編集に移行したが故に当時では考えられなかったレビュアーからの指摘を受け、時代の変化を感じたとお話しされていたのが印象に残りました。ゲノム編集の活用が当たり前となった現在を象徴する実例として、貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。
参考論文
1.Kawaue H, et al., KIF22 regulates mitosis and proliferation of chondrocyte cells. iScience. 2024 May 31;27(7):110151.
