メールマガジン:ゲノム編集論文④

セツロテックでは、月に一度、最新のゲノム編集に関する情報をお届けするメールマガジンを配信しています。今回の記事では、メールマガジンの人気コーナー「最近のピックアップ論文」から厳選した内容をご紹介します。
配信号:2024年2月、3月
Index
上手に「戸締り」することで、より少ない水でより大きな果実を
Null mutants of a tomato Rho of plants exhibit enhanced water use efficiency without a penalty to yield
Puli et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Jan 23;121(4):e2309006120
https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2309006120
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植物の葉にある気孔は、開口部が開いたり閉じたりすることで、1.光合成に伴うCO2の取り込みと、2.蒸散による空気中への水蒸気の放出の2つのプロセスの調整を行う。そのため、より少ない水分で育つ植物を作ろうと気孔を閉じたままにすると、同時に光合成による糖の生産も減少し、植物体の成長が阻害されてしまうことがネックであった。ところが、テルアビブ大学のPuliらが、気孔の開閉調整に関わるROP9遺伝子をCRISPRゲノム編集でノックアウトしたトマトでは、果実の収量や品質、味を損なうことなく、水利用効率の向上を示した。この変異体では、気孔が(上手いこと)部分的に閉鎖されることで、真昼(12~14時)の時間帯の水分の蒸散を抑えつつ、朝と夕方に十分なCO2を取り込むことが可能であったのである。ROP9遺伝子は、ピーマン、ナスなどのナス科植物に広く存在し、新たな植物育種の可能性を示唆する。(研究開発部T)
がん細胞の遺伝子変異を導入した「ターボチャージT細胞」でがん細胞を攻撃する
Naturally occurring T cell mutations enhance engineered T cell therapies
Garcia et al., Nature. 2024 Feb;626(7999):626-634
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07018-7
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CAR-T細胞療法は、患者自身のT細胞を一旦取り出して、がん細胞を攻撃できるように遺伝子改変したうえで、再度患者に戻すという難治性がんの新たな治療法である。UCサンフランシスコ校のGarciaらは、標的であるがん細胞が持つ高い適応度に着目し、CAR-T細胞療法のスタートを「がん細胞の能力を持ったT細胞」から始めると、その治療効果が強化できるのではないかと考えた。いわば敵の能力を取り込んで、パワーアップさせようとしたのである。果たして、皮膚T細胞リンパ腫で発見されたCARD11-PIK3R3遺伝子を発現するようにしたターボチャージT細胞では、腫瘍に浸潤してがん細胞を殺す活性が長期間持続し、モデルマウスのT細胞療法に必要であった細胞数を大幅に減らすことに成功した。がん細胞の「進化」の結果としての自然発生的変異をお手本に遺伝子編集することで、T細胞の能力の極限を探求する。(研究開発部T)
パンダの色を「白黒」つける遺伝子を同定
Taking a color photo: A homozygous 25-bp deletion in Bace2 may cause brown-and-white coat color in giant pandas
Guan et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2024 Mar 12;121(11):e2317430121
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2317430121
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中国陝西省の秦嶺山脈にわずかに生息する茶色と白色のジャイアントパンダは、1985年に発見されて以来珍重されているが、その遺伝的メカニズムは不明なままであった。江西農業大学のGuanらは、長期にわたる野外観察の結果と遺伝子型解析から得られたデータから、現在唯一飼育下で生きている茶白の個体「Qizai」の家系図を作成し、体色のメンデル遺伝パターンを決定した。次に、ロングリードを用いたゲノムアセンブリとゲノムワイドな変異体スクリーニングにより、体色変化の原因となる遺伝子をBace2遺伝子の第1エクソンにおけるホモ接合性の25bp欠失と同定した。同様の遺伝子配列の変化をCRISPR/Casゲノム編集で黒色のマウスに再現すると、淡褐色の毛色を示した。ユーモラスな論文タイトルにあるように、筆者らは、この遺伝子変異によりパンダは白黒写真でない「カラー写真」を得たと表現している。(研究開発部T)
TBXT遺伝子イントロンへのレトロポゾンの挿入がヒトの尻尾を短くした
On the genetic basis of tail-loss evolution in humans and apes
Xia et al., Nature. 2024 Feb 28;626(8001):1042-1048
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07095-8
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尾の喪失は、サルから類人猿を含むヒト科動物への進化の過程において、極めて重要なイベントである。ニューヨーク大学のXiaらは、ノンコーディングバリアントも含め霊長類のゲノムを相互比較し、有尾のサルにはないが類人猿のみに存在する、TBXT遺伝子イントロンへのAluYエレメントの挿入を発見した。このトランスポゾンの挿入により、隣接するイントロン5に存在する逆向きのAluエレメントとの間でステムループ構造が形成され、選択的スプライシングによるエクソン6のスキップがおきていたのである。これと同様に、CRISPR/Cas9ゲノム編集でTBXT遺伝子のエクソン6をスキップさせた遺伝子改変マウスでは、変異型のアイソフォームの相対的な存在量に応じて、尻尾が欠損または短くなった(ただしホモ接合性の変異体の場合は神経管閉鎖障害により致死)。ヒトのしっぽを短くした遺伝子変異の「尻尾」をつかむ。(研究開発部T)