ゲノム編集に対する社会の受け入れ 〜徳島ビジネスチャレンジメッセのアンケートから学ぶ〜

2021.11.26

徳島ビジネスチャレンジメッセの開催

2021年10月21日(木)~ 23日(日)の3日間、徳島県徳島市内の観光コンベンションセンターである「アスティとくしま」において、「徳島ビジネスチャレンジメッセ2021」が開催された。徳島ビジネスチャレンジメッセは、徳島県を中心に、食品、医療、金融、教育などさまざまな分野の会社や団体が新しい製品やサービスの展示を行うイベントである。1997年の第一回目の開催以降、徳島県の企業の支援や、イベント内で生まれた人同士の繋がりから新たなビジネスが誕生することを目的に一年に一度の頻度で開催されてきた。

第25回目の開催となった今年のテーマは『ニュービジネスが福を呼ぶ』であり、過去2017年に「徳島ニュービジネス支援賞大賞」を受賞したセツロテックも、メインバンクの阿波銀行の支援の下、ブースを出展した。
さらに今年は新型コロナウイルスの影響を受けて一部オンラインでも開催され、リアルとオンライン両方の長所を活かしたハイブリッド開催としてさまざまな地域から意欲的な参加者が集まった。
そこで今回は、ゲノム編集を扱うセツロテックのブースに立ち寄った参加者を対象にしたアンケートの結果を分析し、今後一般社会にゲノム編集の製品を広げていくための課題について考察していきたい。

参加者向けアンケートの詳細

今回セツロテックが実施したアンケートは以下の通りである。

1.あなたの性別・年齢層を教えて下さい。
性別 ・男 ・女 ・答えたくない
年齢層 ・10代 ・20代 ・30代 ・40代 ・50代 ・60代以上 ・答えたくない
2.遺伝子を書き換える技術「ゲノム編集」というキーワードはご存知ですか?
・初めて聞いた ・何度か聞いたことがある ・知っている  ・わからない  ・その他
3.「ゲノム編集」で、リラックス効果があるとサプリメントにもなっている「GABA」が通常のトマトより5倍多いゲノム編集トマトが市場に出始めます。
・食べてみたい  ・興味はあるが不安である  ・利用したくない  ・わからない  ・その他
4.「ゲノム編集」で肉厚の真鯛が市場に出始めます。お値段は据え置きで普通の鯛より分厚い鯛です。
・食べてみたい  ・興味はあるが不安である  ・利用したくない  ・わからない  ・その他
5.「ゲノム編集」で食品アレルギーを減らせます。低アレルギーのゲノム編集卵で、赤ちゃんの3割が悩む卵アレルギーに対応した卵が作れるかもしれません。
・利用したい  ・興味はあるが不安である  ・利用したくない  ・わからない  ・その他
6.「ゲノム編集」で、安価で保温性の高い、羽毛布団やダウンジャケットが作れるかもしれません。
・利用したい  ・興味はあるが不安である  ・利用したくない  ・わからない  ・その他
7.「遺伝子組換え食品」のイメージを教えてください。
・利用したい  ・興味はあるが不安である  ・利用したくない  ・わからない  ・その他
8.「ゲノム編集食品」のイメージを教えてください。
・利用したい  ・興味はあるが不安である  ・利用したくない  ・わからない  ・その他

実施したアンケートの結果

本アンケートは会期3日間の内、1日の間にセツロテックのブースに立ち寄った参加者に対して実施され、合計80名回答を得ることができた。

それではアンケートの質問項目ごとに結果を見ていくことにしよう。

Q1. あなたの 性別・年齢層を教えて下さい。

まず、回答者80名の属性は以下の通りとなった。

性別は男女比が5:3ほどであった。年齢層は半数近くが60歳以上の高齢者層となったものの、20代・30代の若い層もそれぞれ2割近くを占めるなど、幅広い年齢層から回答を得ることができたことが分かる。

Q2. 遺伝子を書き換える技術「ゲノム編集」というキーワードはご存知ですか?

これはセツロテックのメイン技術であり、本アンケートのメインテーマである「ゲノム編集」という単語の認知度に関する項目だ。こちらの回答については以下の通りとなった。

結果は、回答者の6割以上が「知っている」または「何度か聞いたことがある」と回答した。また、個別の回答を分析した結果、特定の年齢層によらず幅広い層の参加者が「知っている」と回答したことが分かった。もちろん、セツロテックが本イベントの開催された徳島県内に籍を置く企業であること、徳島ビジネスチャレンジメッセに足を運ぶ参加者は新しい技術に対して比較的意欲的であることなどを考慮すると、これをそのまま一般社会に適応させることはできないかもしれない。しかしこの結果は、一般の新聞やテレビなどでの取り扱いも増えつつあり、着々とゲノム編集が社会に広がり始めていることを示している結果とも言えるだろう。

Q3. 「ゲノム編集」で、リラックス効果があるとサプリメントにもなっている「GABA」が通常のトマトより5倍多いゲノム編集トマトが市場に出始めます。

こちらは筑波大学の江面教授が取締役を務めるベンチャー企業「サナテックシード」が開発した、血圧上昇を抑える効果のある「GABA(ギャバ)」の含有量を高めたトマトである「シシリアンルージュハイギャバ」に関する質問だ[3][4]。

シシリアンルージュハイギャバは、昨年2020年12月、ゲノム編集食品を届出のみで販売可能とする国の届出制度の第1号になったトマトであり、今年2021年4月に筑波大学で一般公開された。事前の苗の無料栽培モニター応募には5千人超の応募があったと公表されている。また、そのうち180名もの家庭菜園愛好家らによって行われた、栽培したトマトのGABA含有量を競う「GABA-1 グランプリ」は大きな注目を集めた。そして同10月、シシリアンルージュハイギャバは一般向けに家庭菜園用苗が開始され、今やゲノム編集食品業界をリードする象徴的な存在となっている[5]。

本アンケートにおけるシシリアンルージュハイギャバに対する回答者の反応は以下のようになった。

結果、回答者の6~7割ほどが「食べてみたい」と答えた。しかし、その一方で、回答者の4人に1人は「興味はあるが不安である」と答えていることが分かる。回答者にとってはまだまだゲノム編集は「聞いたことはあるが実態は何かよく分からないもの」であり、さらにGABAという物質の効果が広く一般に知られている訳ではないことがこうした結果の理由であると考えられる。

Q4. 「ゲノム編集」で肉厚の真鯛が市場に出始めます。お値段は据え置きで普通の鯛より分厚い鯛です。

こちらは先日クラウドファンディングを行ったことでも注目を集めた「22世紀鯛」に関する質問である[6]。22世紀鯛は京都大学・近畿大学が共同で開発したゲノム編集マダイであり、筋肉細胞の成長を抑えるミオスタチン遺伝子の一部をゲノム編集技術でノックアウトさせることによって平均して1.2倍ほどの身をもたせることに成功した。22世紀鯛の養殖・流通を担う予定の「リージョナルフィッシュ」は今年9月、厚労省の専門家会議の結果を受けて販売に関して届出を行っている。(詳細は筆者の次回の記事で取り扱う予定である。)

この22世紀鯛について、お値段が据え置きになるかどうかは他社の商品であり知る由もないが、仮に据え置きだとしたらと仮定し、このような質問が設定された。そして質問に対する回答は以下の通りとなった。

結果はQ3と同様に、6割以上の方が「食べたい」と回答した。しかし、こちらも4人に1人以上は不安を示す回答をしていることが分かる。22世紀鯛は「身が多い」という点で前項よりもシンプルで理解しやすい特徴を持っているが、やはりゲノム編集そのものに対する不安が一定数あることを示していると言えるのかもしれない。

Q5. 「ゲノム編集」で食品アレルギーを減らせます。低アレルギーのゲノム編集卵で、赤ちゃんの3割が悩む卵アレルギーに対応した卵が作れるかもしれません。

こちらは卵アレルギーに関する質問である。卵アレルギーを発症は新生児のうち約1.2%が発症するとも言われており[7]、子供の卵アレルギーに悩まされている保護者は多いことだろう。

それでは本質問の結果を見ていこう。

こちらは約半数の方が「利用したい」と回答したものの、Q3, Q4と比較して「興味はあるが不安である」「利用したくない」と回答した方の割合は大きい結果となった。

これまでの質問でゲノム編集に対する不安を訴えていた方の多くは「ゲノム編集食品が身体に何か良くない影響を与えるのではないか」という漠然とした不安が根底にあったと思われる。その意味で、身体にダイレクトに関係することを想起させ、特に新生児が摂取する可能性に言及しているという点は回答者がより不安を示す要因となったのではないだろうか。ゲノム編集食品がアレルギー問題に対してむしろプラスに働くとすることを唄った本質問でこのような結果となったという事実は、ゲノム編集食品においては安全性を保つことが消費者に大きく求められていることの表れなのかもしれない。

Q6. 「ゲノム編集」で、安価で保温性の高い、羽毛布団やダウンジャケットが作れるかもしれません。

こちらは前項までとは打って変わって、消費者が口にすることのないゲノム編集による商品についての質問である。さっそく結果を見ていこう。

こちらは想像の通り、多くの回答者が「利用したい」と答える結果となった。やはり直接口にする食品ではない商品については、現時点で既に大きな期待が寄せられているのではないだろうか。

Q7. 「遺伝子組換え食品」のイメージを教えてください。

Q8. 「ゲノム編集食品」のイメージを教えてください。

最後の2つは、ゲノム編集食品を語る上では外せない「遺伝子組換え食品」と「ゲノム編集食品」にフォーカスし、それぞれに対するイメージを尋ねた質問である。

遺伝子組換え食品は「ある生物から取り出したDNAを細胞外で取り出した後に細胞の中のDNAに組み込む技術により作られた食品」であるのに対し、ゲノム編集技術応用食品は「ゲノムの特定の塩基配列を認識する酵素を細胞内に導入することによってその配列を切断してゲノムに変異を起こすことで作られた食品」である。これは、ゲノム編集食品における遺伝子変異が自然界でも確率的に発生する変異と比較しても判断が困難なレベルであるということを示唆しており、ゲノム編集食品が基本的に厚労省への届出のみで販売が可能となっている大きな理由の1つである。(こちらの詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[8]。)

さて、この2つの質問に対する回答は以下の通りとなった。

結果はご覧の通り、遺伝子組換え食品のほうが回答者の不安が大きいという結果となった。やはり「遺伝子組換え」というキーワード自体が、消費者の健康への不安を煽る原因になっているかもしれない。いずれにしても、どちらも多くの回答者が興味はあるが不安が払拭しきれていないことが分かるだろう。

ゲノム編集商品を社会に広げるためには

以上のアンケート結果を踏まえ、今後我々がゲノム編集食品を一般社会に流通させるためには次の2点が重要であると言える。

①安心・安全な商品づくり

Q3-Q5からも分かるように、ゲノム編集食品は大きな期待を寄せている一方で、健康への影響を不安視している消費者はまだまだ多くいることだろう。そのため、まずは安心・安全を第一にした商品の開発を行い、検査で健康への影響はなく、商品によってはむしろ健康に好影響であることを示していく姿勢が重要だろう。

②正確な情報を用いてゲノム編集食品についての積極的な啓蒙を行う

ゲノム編集食品に対して不安を示す方のほとんどは、「ゲノム編集が何かよく分からないので怖い」という漠然とした不安が根底にあるのではないだろうか。近年、ゲノム編集食品に対する理解もないままに間違った情報によって消費者の不安を煽るようなメディアが数多く見られる。こうした情報に踊らされて人類が得た画期的な技術の恩恵を受け損なうことがあっては惜しいことだ。サイエンスに精通している人だけではなく、広く一般社会の消費者を対象に正しい情報を用いて啓蒙していくことが、ゲノム編集食品流通においては最重要課題と言えるだろう。

ゲノム編集食品の未来

人は慣れることで新しいものを受容していく生き物である。今はまだゲノム編集食品に対して不安を示す方も多くいることだろうが、①,②を踏まえた上でゲノム編集食品が我々に多くの恩恵を与えることが社会に認められていけば、今後我々の食卓にゲノム編集食品が並ぶ未来はそう遠くはないだろう。そのためにも、ゲノム編集食品が流通し始めようとしている今こそがもっとも大事なフェーズにあると言えるのではないだろうか。

良いものを開発するだけではなく、それを社会全体に正しく啓蒙し、受け入れてもらう。ゲノム編集食品はその努力が必要な最たる例と言えるのではないだろうか。

今後も消費者の声を取り入れながら我々にとって有益な商品を生み出す各種ゲノム編集企業の動向から目が離せない。

(文責:柴田潤一郎)

参照

[1] 徳島ビジネスチャレンジメッセ2021.

[2] 徳島ビジネスチャレンジメッセ.「これまでの受賞プラン」

[3] 日本経済新聞 「「ゲノム編集食品」国が初承認 トマト流通へ」

[4] 柴田潤一郎. 「植物のゲノム編集は我々に利益をもたらすか -世界のレビュー論文から見えてくる希望と課題-」

[5] Sanatechseed. 「ゲノム編集トマト家庭菜園用苗の販売開始のお知らせ」

[6] CAMPFIRE. 「世界初!ゲノム編集技術を利用して開発された「22世紀鯛」を多くの人に届けたい!」

[7] Incidence and natural history of hen’s egg allergy in the first 2 years of life-the EuroPrevall birth cohort study. Allergy. 2016 Mar.

[8] 柴田潤一郎. 「食料問題にCRISPR/Cas9で立ち向かう -ゲノム編集の実益と規制のあり方-」

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