CRISPR/Cas9で肥満症を改善!? ~ゲノム編集技術を用いたCommon diseasesの研究-①~

進む健康志向

2021年8月11日から15日の4日間、オンラインにて「RTA in Japan Summer 2021」というイベントが開催されたことをご存じだろうか[1]。このイベントは、あらゆるゲームのクリアまでの時間を競うRTA(リアルタイムアタック)の国内最大規模のイベントであり、4日間でさまざまな人気ゲームタイトルのRTAが配信された。その中でもとりわけ注目を集めたのは、とある20代男性が配信した「リングフィットアドベンチャー」のRTAだろう。

リングフィットアドベンチャーは2019年10月に任天堂よりNintendo Switch向けに発売されたゲーム作品である[2]。その名の通り、リング状のコントローラーを用いてフィットネスを楽しみながらステージを攻略していく。プレイヤーはゲーム中にかかる運動負荷をゲーム内で設定し、軽い運動レベルのものから、アスリート顔負けの運動能力が求められるものまで、さまざまなスタイルでフィットネスを楽しむことができる。

冒頭に触れた男性は、今回のRTAイベントで、なんとこのリングフィットアドベンチャーを28時間連続でプレイし続け、RTA最速クリアの世界記録を樹立した。この配信は非常に大きな注目を集め、8月15日には同時接続者数が18万人となるなど、これまでRTAやリングフィットアドベンチャーそのものの存在すら知らなかった層の認知度も大きく上げる結果となった。

今回のイベントでリングフィットアドベンチャーのRTAがこれだけの注目度を集めたのは、この配信企画自体が面白かったからというのは当然のことだろう。しかし、ここ最近の我々の健康志向も大きな理由の一つと言えるのではないだろうか。

近年、「生活習慣病」という概念が一般にも根付き、大々的に健康的な生活習慣が推奨されるようになった。また、Instagramなどの写真を投稿するSNSが浸透したりしたことなどを理由に、服装だけではなく自分の身体もプロポーションを構成する大切な要素の一つであるという考えが若い世代を中心に広がっている。その結果、年齢や男女問わず、筋トレやランニングをする人は増えている。今後もこうした健康志向は拡大の一途を辿っていくことだろう。
しかし、そんな一方で、2019年に発生したCOVID-19の流行に伴い、自宅で過ごす時間が増えて運動時間が減った方も多いのではないだろうか。これまで通勤・通学や休日の外出が実質的な運動になっていた方にとっては、自粛期間は健康的な生活を侵襲する大きなきっかけになってしまったことだろう。また、人前に出る回数が減って体型などを顧みなくなった結果、生活習慣が乱れ、ひどい場合は生活習慣病にまで至ってしまった方も少なからずいることだろう。その中でも、肥満症や糖尿病、高血圧症などは、生活習慣病の中でも特に頻度の高い、いわゆる”Common diseases”であり、長い間多くの現代人を悩ませている。

そこで今回はこうしたCommon diseasesの中でも、最も身近であり、かつゲノム編集技術による治療が検討されている「肥満症」を扱い、われわれが健康な生活を送り続けるためのヒントを探っていきたい。

肥満症とその疫学

「自分のBMIはいくつですか?」
あなたがこの質問をされたとしたら、自分のBMIを答えることは出来るだろうか。また、そもそもBMIとは何かを説明することは出来るだろうか。

BMIとはBody Mass Indexの頭文字を取ったものであり、肥満症や痩せ症の程度の判定の用いられる指数の1つである[3]。BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割った値として計算され、その人の身長に対する体重がどの程度であるかということを示す。例えば、身長170cm、体重60kgの人であれば、BMIは60÷(1.7×1.7)により、おおよそ21ほどと算出されるというわけだ。

そして日本肥満学会[4]によると、日本の成人ではBMIは男女ともに22.0が標準であり、「脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した状態で、BMIが25以上のもの」を肥満として定義づけている(表1)。

表1:肥満度分類
BMI (kg/m2) 判定 WHO基準
< 18.5 低体重 Underweight
18.5 ≤ BMI < 25.0 普通体重 Normal range
25.0 ≤ BMI < 30.0 肥満(1度) Pre-obese
30.0 ≤ BMI < 35.0 肥満(2度) Obese class I
35.0 ≤ BMI < 40.0 肥満(3度) Obese class II
40.0 ≤ BMI 肥満(4度) Obese class III

そして厚生労働省が実施した「令和元年国民健康・栄養調査」[5]によれば、肥満(1度)以上に該当する肥満症の人口は次のようになった(表2)。

表2:令和元年における日本の成人の肥満人口の割合 (%)
20-29歳 30-39歳 40-49歳 50-59歳 60-69歳 70歳以上 全年代
男性 23.1 29.4 39.7 39.2 35.4 28.5 33.0
女性 8.9 15.0 16.6 20.7 28.1 26.4 22.3

日本は欧米諸国と比較して肥満症の人口は少ないとされているが、それでも3,4人に1人は肥満症であり、日本全体の人口を考えると、相当な数の肥満症の患者がいることが推定される。

現状の肥満症治療

肥満症に対する治療は、肥満になっている原因によって主に内科的治療、栄養療法、運動療法、外科的治療などから構成される。

肥満症になる主な原因は、
①摂食量が多い、
②食事内容が肥満を招きやすいものである、
③栄養を過剰に吸収してしまう、
④エネルギー消費量が少ないために蓄積されるエネルギー量が多い、
⑤ホルモン異常など原因とする他疾患の症状として肥満になる、
⑥疾患の治療の結果として肥満になる、
といったさまざまなものが考えられ、これらは複雑に絡み合っている。

治療としては、①や②の場合、本人の食生活をカウンセリングなどによって改善したり、過食となる原因疾患やストレスを打ち消したりするアプローチが必要となる。③は、消化管が大きかったり、吸収に関わるインスリンホルモンの分泌量が過剰であったりするため、吸収を抑えるような薬物療法や消化管切除などの外科的切除が行われる。④の場合は運動療法が行われることもあるし、⑤の場合は原因疾患となる甲状腺機能低下症などの治療が最優先される。そして⑥の場合は疾患の治療によるベネフィットと肥満症のリスクのバランスを考えて治療のコントロールが求められるだろう。

このように、特定の臓器や機能の異常のみを原因とする疾患よりも病因が複雑である肥満症は、その治療においても多面的で長期的な視点が求められる。さらには本人の治療への意欲が症状改善の大きな鍵となるのだが、肥満であること自体が直接命の危機になるという認識が生まれにくいため、肥満症によって心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが増加するということを深刻に捉えていない人が多い。そのため、治療が頓挫することも珍しくはない。これは肥満症患者がなかなか減らない大きな理由の一つと言えるだろう。

夢の痩せ薬!?

確かに肥満症の治療は腰が重い。誰しもできることなら努力をせずに楽に痩せたいと思うだろう。例えば、食後に薬を1錠飲むだけで、過剰に摂取した栄養を体外排出してくれたり、蓄積された脂肪を勝手に燃焼してくれたりと、食事を楽しみながら痩せることができたらこれ以上ことはないはずだ。

このようなニーズのもと、実はすでにいくつかの肥満症の治療薬が研究・開発されている。アメリカでは、アメリカ食品医薬品局(FDA)によって5種類の肥満症治療薬が承認されており、医療現場で使用されているようだ。これらは今年の6月に世界最大の医学雑誌の1つであるJAMAに刊行されたSuzan Z. Yanovoski氏らによる論文 ”Progress in Pharmacotherapy for Obesity”で以下のように紹介されている[6](表3)。

表3:2021年までに米国で承認されている肥満症治療薬
一般名 作用機序 承認年 副作用
Orlistat 消化管酵素であるリパーゼの作用を抑制する 大人:1999年
子供:2003年
腹部膨満感、脂肪便、脂溶性ビタミンの不足など
Phentermine/Topiramate ノルアドレナリン+GABA作動性受容体の活性化、kainite/AMPAグルタミン酸受容体の阻害 大人のみ:2012年 めまい、眠気、口渇、集中力の低下、腎結石、突然の視力低下など
Naltrexone/Bupropion オピオイド受容体の阻害、ドパミン/ノルエピネフリン再取り込みの阻害 大人のみ:2014年 めまい、眠気、口渇、集中力の低下、腎結石、吐き気、頭痛など
Liraglutide GLP1受容体の阻害 大人:2014年
12歳以上:2020年
めまい、眠気、口渇、集中力の低下、腎結石、吐き気、頭痛など
Semaglutide GLP1受容体の阻害 大人のみ:2021年 胆嚢関連疾患など

現時点で以上の5つが肥満症治療薬として米国で承認を受けている訳だが、実は日本では未だ1つも承認をされていない。その理由として、身体依存や精神依存含めた副作用が強いからだろう。痩せ薬は飲むと痩せるという文言だけで非常に魅力的に聞こえてしまうため、ただ痩せるためだけに不適切に使用され、むしろ人体に有害となってしまうことが十二分に考えられる。先ほども述べたように、肥満症の治療は薬物療法だけではなく食事療法や運動療法、原因疾患の治療などを組み合わせて行われるべきであるため、副作用を顧みない痩せ薬への過度な依存は米国でも大きく問題視されている[7]。

新たな肥満症治療?

そんな中、薬物療法に代わる新たな肥満症の治療として、近年ゲノム編集技術を用いた治療法の研究が行われているという。ここからはゲノム編集技術による肥満症治療に迫っていきたい。

そもそもゲノム編集技術とは、生物を構成する細胞の遺伝情報であるゲノムを人為的に編集することで目的の形質や性質を生物に獲得させるというものである。その技術の中でも、第三世代のゲノム編集技術と呼ばれるものがCRISPR/Cas9である。CRISPR/Cas9は昨年には考案者のEmmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏らがノーベル化学賞を受賞したことでも有名だ。

CRISPR/Cas9は、標的のDNA配列を、tracrRNAと複合させたガイドRNAとcrRNA、さらにCas9と呼ばれるハサミの役割を持つ物質と一緒に導入することで、その配列を特異的に切断する。これにより目的の遺伝子をノックアウトさせたり、DNA切断に伴う修復機構を利用し、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子をノックインさせたりすることもできるという技術である。(CRISPR/Cas9についての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[8])。

この機構自体はもともとは古細菌の免疫技術として発見されたものだが、従来のゲノム編集技術よりも格段に利用しやすいものとなったため、研究用のゲノム編集マウス、野菜や果物などの植物、人工培養肉、遺伝子疾患への治療などさまざまな領域で応用が進んでいる。こと医療分野においては、今年に入ってCRISR/Cas9を静脈注射する治療の研究結果が発表されるなど、その進歩はとどまるところを知らない[9]。

肥満症に対するゲノム編集治療の研究

それではCRISPR/Cas9を用いて肥満症の治療に応用するとはどういうことだろうか?
まず、ゲノム編集を疾病治療に利用するためには、その疾病の遺伝子レベルのメカニズムの理解が必要である。肥満については、なんと現状で既に人体の200以上の遺伝子が肥満症に関連しているということが分かっている[10]。また、肥満症患者は多くの場合で複数の遺伝子がその発症に関連していると言われており、とあるゲノムワイド解析(GWAS)を用いたゲノム解析研究では、FTO, PCSK1, MC4R, CTNNBL1といった4つの遺伝子と肥満の関連が指摘された[11]。このように、肥満症は既に遺伝子レベルで病態を説明しようとするアプローチが行われている。

2015年頃になると、これらの研究をもとにCRISPR/Cas9を利用した細胞レベルの実験が行われ、論文として報告され始めるようになった。例えば、2015年9月に大手医学英文雑誌のNEJMに投稿されたMelina Claussnitzer氏らの研究[12]によれば、肥満関連遺伝子の1つであるFTO遺伝子の発現経路にIRX3, IRX5遺伝子が関わっており、これらが脂肪細胞において発現すると、主にエネルギー消費に関わる褐色脂肪細胞から、エネルギー貯蔵に関わる白色脂肪細胞へとエネルギーのシフトが起こり、脂肪が蓄積され体重が増加するということが説明されている。彼らは、実際に20~24歳のヨーロッパ人100人の皮下脂肪細胞を抽出し、IRX3 or IRX5をCRISPR/Cas9を用いてノックアウトする実験を行った。その結果、観察した褐色脂肪細胞においてエネルギー消費が活性化し、その発生熱量は7倍ほどにもなったことが確認されたという。彼らはこの研究が肥満のメカニズムの解明につながることや、将来ゲノム編集によって遺伝子レベルで肥満症を治せる可能性について言及した。

その後、2018年には、Jae-ill Roh氏らによって脂肪細胞から産生されて強力な飽食シグナル伝達によりエネルギー消費増大をもたらすレプチン、およびそのレプチン受容体を発現する遺伝子をCRISPR/Cas9を用いてノックアウトされたマウスが作成された[13]。実際、このマウスが肥満及び糖尿病の症状を示したことで、生物レベルで遺伝と肥満の関連が確認された(なお、糖尿病については次回の筆者の記事で取り扱いたい)。

そして2020年には、Wang CH氏らによって、肥満マウスのCRISPR/Cas9を用いた減量実験が行われた[14]。彼らは、CRISPR/Cas9によってエネルギー貯蔵に関わるヒト白色前脂肪細胞を編集してミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP1)遺伝子を発現させることで、エネルギー消費に関わるヒト褐色様細胞(HUMBLE細胞)を作り、これを肥満マウスに移植するという大胆な実験を行った。その結果、糖尿病の原因ともされる耐糖能とインスリン抵抗性が改善し、エネルギー消費量が増大して痩せるという何ともびっくりするような結果が得られたという。ゲノム編集した細胞の移植により減量が可能であるという事実は、今後の肥満症に対する研究を大きく進歩させていくだろう。

ゲノム編集技術を肥満症に利用することへの課題

以上に紹介したように、肥満症に対するゲノム編集技術の適応についての研究はいくつかポジティブな結果が得られているが、
(1) 肥満の原因は複雑な要因が絡み合っていて複雑であること、
(2) 全身性の病態である肥満症を有する人体のどこにどのようにしてどれだけのゲノム編集技術を用いた細胞を移植するべきか未知数であること、
(3) 倫理的な議論が十分になされていないこと、
などの理由から、現時点では未だ人類への適応が積極的になされた事例はない[15]。しかし、今後さらなる研究が進み、多因子疾患である肥満症の構造的な理解が進めば、CRISPR/Cas9を中心とするゲノム編集技術によって簡単に減量できる時代が来るかもしれない。そうなれば副作用の大きい薬剤治療に頼ることもなく、我々の大敵たる肥満症に打ち勝つことができるかもしれないだろう。もちろん、他に解決すべき問題は山積みではあるが、ゲノム編集技術がcommon diseaseに対しても有効かもしれないというこれまでの示唆は、今後も研究の可能性をさらに広げ、我々の生活を豊かにする研究の連鎖を生み出していくだろう。我々は適切な倫理観を身につけてその利益を享受し、健康で文化的な生活を歩んでいける未来がやってくることを願いたい。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] RTA in Japan Summer 2021

[2] 任天堂. 「リングフィットアドベンチャー」

[3] 厚生労働省 e-ヘルスネット「BMI」

[4] 日本肥満学会.肥満症診療ガイドライン2016.ライフサイエンス出版.2016

[5] 厚生労働省「令和元年国民健康・栄養調査」

[6] Yanovski SZ, Yanovski JA. Progress in Pharmacotherapy for Obesity. JAMA. 2021;326(2):129-130. doi:10.1001/jama.2021.9486

[7] Side Effects of Weight Loss Drugs (Diet Pills)

[8] 柴田潤一郎 「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」

[9] 柴田潤一郎 「CRISPR/Cas9の静脈注射で夢の難病治療? ~ゲノム編集医療のこれまでとこれからを考える~」

[10] Gero D, Ribeiro-Parenti L, Arapis K, Marmuse J-P (2017) Sleeve gas- trectomy combined with the Simplified Hill repair in the treatment of morbid obesity and gastro-esophageal reflux disease: preliminary results in 14 patients. World J Surg 41:1035–1039

[11] Sandholt CH, Vestmar MA, Bille DS, et al. Studies of metabolic phenotypic correlates of 15 obesity associated gene variants. PLoS One. 2011;6(9):e23531. doi:10.1371/journal.pone.0023531

[12] Walters BJ, Mercaldo V, Gillon CJ, Yip M, Neve RL, Boyce FM, Frankland PW, Josselyn SA (2017) The role of the RNA demethylase FTO (fat mass and obesity-associated) and mRNA methylation in hippocampal memory formation. Neuropsychopharmacology 42:1502–1510

[13] Roh JI, Lee J, Park SU, et al. CRISPR-Cas9-mediated generation of obese and diabetic mouse models. Exp Anim. 2018;67(2):229-237. doi:10.1538/expanim.17-0123

[14] Wang CH, Lundh M, Fu A, et al. CRISPR-engineered human brown-like adipocytes prevent diet-induced obesity and ameliorate metabolic syndrome in mice. Sci Transl Med. 2020;12(558):eaaz8664. doi:10.1126/scitranslmed.aaz8664

[15] Franco-Tormo MJ, Salas-Crisostomo M, Rocha NB, Budde H, Machado S, Murillo-Rodríguez E. CRISPR/Cas9, the Powerful New Genome-Editing Tool for Putative Therapeutics in Obesity. J Mol Neurosci. 2018;65(1):10-16. doi:10.1007/s12031-018-1076-4

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