ゲノム編集の植物への適応 -ゲノム編集は日本の稲作の救世主となるか-

稲

稲作ブームの誕生か

2020年11月、日本のゲーム市場に放たれたある作品が、稲作業界に大きな話題を呼んだ。その作品は「天穂のサクナヒメ」といい、RPGながらゲーム史上類を見ない、本格的に作り込まれた稲作を楽しむことができる[1]。その奥深さゆえに、プレイヤー間では、農林水産省HPの農業者向け「お米の作り方」が攻略サイトとして推奨されたほどだ[2]。さらにはJA全農の広報や日本農業新聞でも取り上げられるなど、各農業協会からも注目を浴び、本作品が売り切れ続出となった際には、ネット上で「令和の米騒動」とも揶揄された。これをきっかけとして、若者が離れつつある稲作に再び注目が集まることが期待されている。

日本の稲作の現状と問題点

農林水産省が発表した令和2年度の作物統計によれば、令和2年における国内の主食用水陸稲の収穫量は776万3,000tであった [3]。それに加え、米の推定食力自給率も97%を超えており、我が国の主食として食卓を大きく支えている[4]。

しかし、一方で、年々収穫量が減少していることにも目を向けなければならない。令和2年において10年前と比較すると、年間の水稲収穫量は約100万t以上も減少しているのである。

このような減少の背景として、農業従事者の高齢化や価格の安い輸入米の登場、国民の食生活の変化などが挙げられる。令和2年の概算値では、我が国の基幹的農業従事者は136.1万人となり、平成27年の175.7万人からわずか数年で数を大きく落とした[5]。さらに、136.1万人のうち94.9万人は65歳以上であり、約7割が高齢者であることが分かっている。また、国内外の米価格差は依然として高いままであるため、アメリカ合衆国やタイを中心とした安価な輸入米の存在が、国内の稲作従事者に少なからず影響を及ぼしている。

大規模生産による価格の安い輸入米に頼ることも良いことかもしれないが、昨今の新型コロナウイルス感染症のような世界的な危機が発生した場合を想定すると、一番のライフラインである食料を自国で生産できる力を持ち続けることは必要不可欠であろう。これからも日本の稲作を守り続けるために、日本の農業を圧迫する問題を一つずつ解決していくことは非常に重要だと言える。

それではアカデミアとして、稲作に対してどのようなアプローチができるだろうか。まずは、水稲の疫病や天候に対する耐性の現状問題に注目し、その上でゲノム編集を用いた稲作への切り口を見つけていきたい。

水稲の現状被害

農林水産省の令和二年度の作物統計によれば、水稲は様々な天候障害や疫病による被害を受けている(表1)。天候による被害では日照不足が最も多く、その被害量は年間の水稲の生産量の3%にも相当した。そのほか高温障害や冷害なども顕著であった。

そして疫病では、いもち病が最も多く、こちらも年間生産量の1%に相当する被害量であった。いもち病は日本の水稲の疫病として古くから知られており、20世紀と比較して減少しつつあるものの、依然としてその被害量は大きい。今回は日本の稲作に対する遺伝学的アプローチとして、このいもち病とゲノム編集の取り組みについて深く掘り下げていく。

表1:主な水稲の被害
被害種類 被害面積(ha) 被害量(t) 生産量に対する被害率(%)
日照不足 1,235,000 238,100 >3
高温障害 568,400 63,200 0.8
冷害 47,000 8,720 0.1
いもち病 294,200 78,200 1
ウンカ 128,400 70,600 0.9
カメムシ 140,700 17,000 0.2
(参照:農林水産省 令和2年度 作物統計[3])

いもち病の基礎知識といもち病菌抵抗性遺伝子に関する研究

いもち病は古くより紋枯病と並んでイネの最も深刻な疫病として知られており、冒頭に紹介した天穂のサクナヒメにおいても、いもち病の対策が鍵を握るほどである。いもち病の原因はいもち病菌(学名: Pyricularia oryzae)であり、苗代期から収穫期までのほぼ全期間において感染する危険性がある。品種改良などによりいもち病菌に対する耐性イネや農薬が開発されたものの、それらに抵抗性を持ついもち病菌レースが出現・蔓延し、未だ根絶には至っていない[6]。

こうした背景を踏まえ、近年ではいもち病への関心は日本国内の枠を超え、2020年9月18日には、国際イネいもち病ワークショップ「アジアにおけるイネいもち病の適用可能な解決策」が、国際農研と台湾のアジア太平洋食糧肥料技術センターとの共同主催で開催された[7]。コロナ禍の影響でオンライン開催となったものの、アジア各国のいもち病害発生状況や研究成果、国際農研が実施してきた研究成果や遺伝資源を用いた今後の研究の方向性について論議されるなど、いもち病に対する稲作業界の意識は非常に高いことが見て取れる。
こうした国際共同的な指向により、いもち病に関わるイネの遺伝子について様々なことが解明されつつある。

そのうちの1つである、2018年7月にNature Plantsに掲載された研究は、日本の京都大学、東京農業大学に加え、英国のジョンイネス研究所やセインスベリー研究所の関係者らによって行われた共同研究である[8]。この研究では、人間のT細胞のTLRに相当する、植物の細胞内の免疫受容体のNLRに注目し、いもち病菌のタンパク質であるAVR-Pikに対する免疫応答機構を解明した。イネにはいもち病菌に対する抵抗性タンパク質であるPikが存在していることが分かっており、AVR-PikとPikの直接的な物理的相互作用によってイネにいもち病に対する抵抗性が誘導される。そこでこの研究では、NLRがいもち病菌に対して応答してPikが誘導されて、この物理的相互作用が生じるかという分子レベルのメカニズムを結晶構造解析によって明らかにしたのだ。そして、この物理的相互作用の強さは、AVR-Pikをコードする遺伝子のアミノ酸のわずかな違いによって生じることが判明し、いもち病が変異によって従来の耐性イネにも感染を起こすメカニズムの理解へ期待が寄せられている。

そのほか、2013年には農業生物資源研究所の福岡氏らによってイネのいもち病菌抵抗遺伝子であるpi21の発見とそれを利用した育種についても報告されており[9]、ゲノムレベルの探索技術の進展によるいもち病への理解は日々深まりつつある。

ゲノム編集技術について

ここまでいもち病とそれに関わる遺伝子の研究について述べてきたが、近年、いもち病などの疫病に対する効率的な研究の実現や、それらに抵抗性をもつ品種の育成を行うために、ゲノム編集技術を利用しようとする動きが見られている。そこで、まずはゲノム編集についての理解を押さえておこう。

現在主流となっているゲノム編集技術は、セツロテックも取り組むCRISPR/Cas9と呼ばれる技術だ。ZFN, TALENと呼ばれる編集技術に次いで生まれた第三世代のゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9は、元々細菌や古細菌の免疫機構として発見されたものであり、Emmanuelle Charpentier氏とJennifer A. Doudna氏らによって応用され、遺伝子編集技術として提唱された。CRISPR/Cas9は、対象のDNAの配列さえ分かっていれば、それに対応するcrRNAと呼ばれる物質を人工的に設計し、tracrRNAと複合させたガイドRNAやCas9と呼ばれるハサミの役割を持つ物質と一緒に導入することで、その配列を特異的に切断できる。それにより目的の遺伝子をノックアウトさせ、形質発現を操作できるという技術である。さらに、DNA切断に伴う修復機構を利用すれば、逆に外部からドナーDNA を導入することで目的の遺伝子を発現させることもできる(CRISPR/Cas9についての詳細はセツロテックMEDIAに掲載の筆者執筆の記事を参考にされたい[10])。

いもち病に対するゲノム編集の取り組み

それでは、CRISPR/Cas9を利用したいもち病に対するアプローチをいくつか紹介していこう。

まずは2019年5月にScience Reportsに掲載された、東京理科大学、明治大学、東京農業大学らの共同研究である[11]。この研究ではCRISPR/Cas9をいもち病菌に対して適応し、相同組み換えによる目的の遺伝子導入を実現した。

著者によると、DNAの二本鎖切断の主要な修復経路である相同組み換えについて、糸状菌であるいもち病菌に対してはこれまで検証された事例はなかったという。そこで今回の研究では、いもち病菌において二本鎖切断が比較的起こりやすいことを観察し、いもち病菌のDNA配列のうち、メラニン色素形成タンパク質に関わる領域をCRISPR/Cas9によりノックアウトすることを試みた。また、ベクターを用いて抗菌薬であるハイグロマイシンBに対する抵抗性獲得に関与する遺伝子領域をノックインした。その結果、ハイグロマイシンBに耐性を持った白色のコロニー形成の増大が観察された。

この結果はCRISPR/Cas9がいもち病の研究に対しても有用であることを示唆しており、第三世代のゲノム編集としてのカバー領域の広さを示す形となった。

そのほか、2016年には国際農研の石崎氏により、イネに対してもCRISPR/Cas9を用いることで標的遺伝子の編集を実現することが可能であると報告されている[12]。石崎氏は、特定の遺伝子変異による形質が育種上有用である場合、この研究成果を用いることでイネにとって有用な形質を付与することができるとのことだ。

今後の日本の稲作の未来

このように、いもち病をはじめとする抵抗遺伝子の研究などを利用してCRISPR/Cas9を応用することで、疫病に対して抵抗性のあるイネを効率よく産生することへの可能性が多くの研究で示唆されている。今後減少していく農業人口、増えつつある薬剤耐性菌などの背景を踏まえても、CRISPR/Cas9を中心とするゲノム編集を農業にも生かさない手はない。

今回はいもち病にフォーカスしたが、そのほかの疫病や冷温障害耐性について、同様に遺伝子学的な研究が発展すれば、農業被害に遭う農家の方々を減らし、農業界に大きく貢献できるだろう。

社会の発展に伴い人口の多くが第二次、第三次産業にシフトする中で、生存において一番重要な食料を守る農業に対して、我々は今まで以上に関心を抱き、議論をする姿勢が求められていくだろう。

(文責:柴田潤一郎)

参考文献

[1] 天穂のサクナヒメ 公式サイト

[2] 農林水産省. お米の作り方.

[3] 農林水産省. 「令和2年度 作物統計」

[4] 農林水産省. 「農林水産統計 令和2年産水陸稲の収穫量」

[5] 農林水産省 「農業労働力に関する統計」

[6] Taketo Ashizawa. Studies on Mechanisms of Suppression of Rice Blast Disease in Multilines and Their Analyses Using a Simulation Mode. Bulletin of TOHOKU Agricultural Research Center, 108, 1-46 (2007).

[7] 国際農研.「JIRCAS-FFTC国際イネいもち病ワークショップの開催」

[8] De la Concepcion, J.C., Franceschetti, M., Maqbool, A. et al. Polymorphic residues in rice NLRs expand binding and response to effectors of the blast pathogen. Nature Plants 4, 576–585 (2018).

[9] Shuichi Fukuoka and Norikuni Saka Identification of a Novel Blast Resistance Gene pi21 and Its Use for Enhancing Durable Resistance. Plant protection, 67, 4 (2013).

[10] 柴田潤一郎.「CRISPR/Cas9技術を応用したがん治療の未来 -ノーベル賞受賞技術の共演はあるのか-」

[11] Yamato, T., Handa, A., Arazoe, T. et al. Single crossover-mediated targeted nucleotide substitution and knock-in strategies with CRISPR/Cas9 system in the rice blast fungus. Sci Rep 9, 7427 (2019).

[12] Ishizaki, T. CRISPR/Cas9 in rice can induce new mutations in later generations, leading to chimerism and unpredicted segregation of the targeted mutation. Mol Breeding 36, 165 (2016).

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