【導入事例】ゲノム編集ノックアウトマウスを用いた腫瘍内fibrocyteの機能解析(徳島大学大学院 医歯薬学研究部呼吸器膠原病内科学分野 三橋先生)

2023.08.28

2019年7月、徳島大学大学院 医歯薬学研究部 三橋特任助教、西岡安彦教授よりゲノム編集マウス受精卵の作製を依頼いただき、弊社は2020年1月に納品いたしました。その後、2023年2月28日、このゲノム編集マウス受精卵を使った研究成果が、米国の科学誌 『Cell Reports』において発表されました [1]。そこで、ご研究の背景や今後の展望についてお話を伺いました。

ご研究の背景

私は現在、徳島大学病院の呼吸器内科に所属し、西岡安彦教授指導のもと主に肺がん、中皮腫といった難治性の胸部腫瘍をテーマに研究しています。徳島大学から同大学院のMD-Ph.D.コースに途中編入して学位を取得したので、学生の頃からずっと徳島で呼吸器病学の研究に取り組んでいます。がんは難治性の疾患であり、苦しまれている患者さんも非常に多いということから、ずっと新規治療法についての高い関心を持っていました。今回のCell Reports誌に掲載された論文も、肺がんや悪性胸膜中皮腫を主なテーマにした研究になります。徳島大学の呼吸器内科領域では、中心的な治療法であるがんの分子標的治療についての先行研究も多く行っていますので、徳島大学病院の呼吸器内科へも所属しながら研究に取り組むことで、臨床現場への橋渡しもできればと考えて、日々研究しています。

現在の肺がん治療において、中心を担う治療のひとつが抗PD-1/PD-L1抗体に代表される免疫チェックポイント阻害薬です。実際の臨床現場では、これに加えて、他の抗がん剤や分子標的治療薬を併用する複合がん免疫療法の開発が進んでいます。特に、血管新生阻害剤(抗VEGF抗体)は、がん細胞へ栄養や酸素を供給するのを阻害し、がん細胞をいわば兵糧攻めにするような治療であり、免疫チェックポイント阻害薬と併用することで抗腫瘍効果が増強されることが報告されてきました。しかし、このメカニズムについて分子レベルでは解明されておらず、治療効果はあるものの具体的にどうして相乗効果が生まれているのか、よくわかっていませんでした。私たちは、このメカニズムを解明することで、患者さんにより効果的な治療ができる新しい複合がん免疫療法の提案につながるのではないかと思い、今回の研究をスタートさせました。

私たちの研究室では、血管新生阻害剤を用いた治療法に関連して、腫瘍内にある線維細胞(fibrocyte)という細胞の研究をしています。今回の論文は、この線維細胞が腫瘍免疫に関わることについて、より詳しく掘り下げていった結果、臨床で使用される複合がん免疫療法のメカニズムの解明につながった成果の報告になります。

私たちの先行研究においては、in vitroにおいて、線維細胞に免疫チェックポイント阻害薬を加えると、T細胞増殖促進能が増強されるという報告をしていました[2]。しかし、この報告では、実際のマウス腫瘍組織内に線維細胞が存在するという直接的な細胞分画の同定は得られていませんでした。そこで、まずマウス皮下に移植した腫瘍内に集まってくる血球細胞(CD45陽性を示す細胞)を回収し、シングルセル RNA-seqを行うことから始めました。2万個ほどの細胞について、その遺伝子発現をコントロール群と血管新生阻害剤(抗VEGF抗体)処理群で比較し、抗VEGF抗体投与時に新たに集まってくる細胞が観察されないか確認したのです。その結果、抗VEGF抗体処理群で腫瘍内に増加する新たな細胞クラスターとして、線維細胞クラスターを同定することに成功しました。また、このクラスターに特異的な発現をしていたCD34を表面マーカーとして、線維細胞クラスターを生細胞として分離することにも成功しました。これにより、今まで具体的な証拠がなかったマウス腫瘍内の線維細胞の存在を示すことができたのです。

もう1点、これはセツロテックさんにノックアウトマウス作製をお願いした理由でもあるのですが、先行研究では、線維細胞に免疫チェックポイント阻害薬を加えた際のCD80やCD86といった共刺激分子の関与は、中和抗体を使ったin vitro の試験でのみ結果が示されていました。in vivoでは実際の生体マウス組織に中和抗体を用いることが困難であるため、深く掘り下げられていなかったのです。そこで、CD80遺伝子とCD86遺伝子をそれぞれ塩基欠損させたノックアウトマウスを作製し、それぞれの共刺激分子の機能を解析することを試みました。

セツロテックさんに依頼したのは、ゲノム編集によるノックアウトマウス作製の一部の工程(編注:ゲノム編集受精卵作製サービス)です。私がお伝えした遺伝子について、セツロテックさんにガイドRNAの設計と、マウス受精卵に対するゲノム編集をしていただき、凍結受精卵を納品していただきました。納品してもらった受精卵については、同じキャンパス内の徳島大学の動物施設等で仮親マウスに移植し、産まれてきたマウスをジェノタイピングしながら掛け合わせることで、最終的にはホモノックアウトマウス(Balb/c系統:CD80-/-およびCD86-/-)をそれぞれ作りました。

これらのノックアウトマウスと野生型マウスの肺由来の線維細胞を採取し、それぞれをレシピエントマウスの持つ腫瘍の皮下近傍に移植して、抗PD-L1抗体の治療効果にどのような影響を及ぼすかを観察しました。論文ではfigure 6に相当する部分ですが、例えばfigure 6Bで示すように、野生型マウスの肺由来の線維細胞を移植すると、腫瘍のサイズが抗PD-L1抗体単独(移植なし)の場合より小さくなりましたが(つまり相乗効果あり)、CD86-/-マウスの肺由来の線維細胞を移植しても腫瘍進展抑制の相乗効果は観察されませんでした。このことは、免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-L1抗体)と、血管新生阻害剤により腫瘍局所に集まってくる線維細胞の相乗効果において、CD86の存在が極めて重要であることを示しています。先行研究でのin vitroの研究でもCD86が重要であることは示されていたのですが、in vivoでもここまできれいに結果が出てくれたのは、このノックアウトマウスを作ってもらったおかげととても感謝しているところです。一方、CD80-/マウスを使った同様の試験により、CD80については、線維細胞と抗PD-L1抗体の相乗効果に大きく関わっていないことが示されました。

今回の論文では、これらの結果と併せて、線維細胞の分化を抑制するTGF-β/SMAD阻害剤の併用についても解析をしています。私たちはこれらの結果を踏まえ、まず、血管新生阻害剤抗VEGF抗体で線維細胞を腫瘍に集積させ、次に免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-L1抗体)との相乗効果でその線維細胞のT細胞活性促進能を増強し、さらにTGF-β/SMAD阻害剤で線維細胞の分化を抑制する、というこの三本柱で投薬治療をすれば、より強い治療効果が得られるのではないかと考えています。

なぜセツロテックに外注しようと思ったのか?

セツロテックさんは、徳島大学内の同じキャンパスにあるということで、噂は少し伺っていました。注文時には、セツロテックさんのこれまでのゲノム編集マウス作製実績も論文で確認し、あとはやはり同じ施設内なので、いろいろと都合がつきそうかなということもありました。隣の建物ですし、そういったご縁もあったかと思います。

セツロテックに頼んで感じたメリット

徳島大学の蔵本キャンパスは、臨床の場である徳島大学病院もあれば、大学としての基礎研究の場所もあり、またセツロテックさんのように大学発ベンチャーもあるので、非常に便利な研究環境であると感じています。今回のノックアウトマウスについても、徳島大学の動物実験施設も近くの建物にありますので、セツロテックさんに作っていただいた受精卵を直接持って行って仮親マウスへ移植するなど、時間と手間のロスがかなり抑えられました。私は、ゲノム編集については専門外だったので、依頼するまでは敷居が高いイメージがありましたが、in vivoで一つの分子の機能の重要性を判断するには、ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスを使用するしか方法がありませんので、この点で今回は非常に重要な結果を出すことが可能になりました。CD80ノックアウトマウスについては、実はリバイスで指摘されて追加したデータなのですが、ゲノム編集で迅速にマウス作製ができたことで、幸い間に合ってデータを追加することができたのも大変ありがたかったです。

また、セツロテックさんには、F1世代、F2世代作製時のジェノタイピング作業も委託しており、産仔の尻尾のサンプルを送付するだけでしたので助かりました。論文のマテリアル&メソッドの部分では、文章のテンプレートも提供いただき、それを元に作成しました。

今後の研究展望

今回の論文では、徳島大学病院の外科の先生にもご協力いただき、臨床ヒト検体からのシングルセル解析で、肺がん患者さんからの腫瘍組織にも線維細胞クラスターが存在することを示しています。今回、がんの患者さんへの複合がん免疫療法の効果を左右するのに、線維細胞の存在が非常に重要なのではないかということをお示しできたので、臨床的にはこれが免疫療法の効き目を事前に予測できるバイオマーカーにならないか、ということを期待しています。具体的には、線維細胞を遊走させる分子の血中濃度、あるいは血中における線維細胞の数などを、より鋭敏なバイオマーカーとして使えないかと考えています。また、血管新生阻害剤による抗腫瘍効果の増強メカニズムを明らかにできたことで、線維細胞の機能をターゲットにした新しい複合がん免疫療法の戦略を提示できるのではないか、新規治療の開発に結び付けていけるのではないか、こうしたところを期待して、現在も研究を発展させています。

セツロテックへの要望

ガイドRNAの作製はゲノム編集の初心者には大きなハードルであり、ノウハウがなければ困難でした。非常によくしていただき、ありがたかったです。敢えて要望を申し上げるならば、設計の際に、設計の理由や用語などをレポートなどで教えていただけたら、より理解が深まったかと思います。また、マウス作製に関する図などをご提供いただけると、よりきれいに論文が作れるのではないかと思います。

取材後記

三橋先生の今回のご研究は、これまでin vitroの試験でしか示すことができなかった結果が、ゲノム編集技術でノックアウトマウスを作製することで、in vivoでも実に明確なデータとして示されており、非常に興味深いご報告であると感じました。肺がんは、苦しまれている患者さんの多い病気です。我々がお手伝いできた先生のご研究の成果が、臨床現場の患者さんまでつながることを期待しています。

参考論文

1.Mitsuhashi A, et al. Identification of fibrocyte cluster in tumors reveals the role in antitumor immunity by PD-L1 blockade. Cell Rep. 2023 Mar 28;42(3):112162.
2.Afroj T, Mitsuhashi A, et al. Blockade of PD-1/PD-L1 pathway enhances the antigen-presenting capacity of fibrocytes. J Immunol. 2021 Mar 15;206(6):1204-1214.

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三橋 惇志
三橋 惇志 先生 徳島大学大学院医歯薬学研究部地域総合医療学分野特任助教。徳島大学医学部医学科卒業。がん感染症センター都立駒込病院ジュニアレジデント、徳島大学病院呼吸器・膠原病内科医員を経て、2019年より現職。専門分野は呼吸器病。