遺伝子改変マウスの歴史

モデル生物には多くの種類があり、その中でもマウスは哺乳類の代表的なモデル生物として広く研究に使われている。また、マウスはヒトの疾患モデルとしても活用されている。なぜマウスはヒトの疾患モデルとなり得るのか。現代では欠かせない遺伝子改変技術にはどのようなものがあるのだろうか。

モデル生物としてのマウスの優位性

モデル生物には酵母、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル、シロイヌナズナなどがあるが、ヒトの疾患モデルを考慮するのであれば、ヒトと同じ哺乳類であることが望ましい(当然ながら、より基礎的な生物学的現象を知りたいのであれば哺乳類以外のモデル生物を扱うメリットはあり、例えば酵母で発見されたオートファジーのようにブレークスルーをもたらす場合もある)。

 

哺乳類のモデル生物には、マウス以外にもラット、ウサギ、マーモセット、アカゲザル、ブタなどがある。その中でも疾患モデル生物という点では、マウスに軍配が上がるだろう。

 

まず、飼育スペースが他の哺乳類に比べて小さく済み、飼育法についてもノウハウが蓄積されている。後述する遺伝子改変だけでなく、薬物やストレスなどを用いてヒトの様々な病態を再現する方法があり、研究目的に応じた情報を集めやすい。系統によって薬剤の感受性が異なるなどの違いはあるものの、同系統であれば遺伝的背景は同一であるため、解析結果のバラツキを抑えられるメリットもある。

 

すでに存在する疾患モデルマウスには、心不全、動脈硬化、がん、免疫、糖尿病、肥満、さらにはパーキンソン病のような神経変性疾患、うつ病のような精神疾患がある。飼育ケージの照明を調節すれば、人為的に概日リズムの制御も可能だ。

 

解剖学的所見から解析しやすい疾患は当然ながら、神経変性疾患や精神疾患に関しては運動障害や学習障害を判定する方法も確立されている(「行動テストバッテリー」と呼ばれる)。

遺伝子組換えによる遺伝子改変

前述したように、ヒト疾患を再現する方法に薬剤やストレス負荷などがあるが、遺伝子や分子レベルで機序を解明するには遺伝子改変が必要不可欠となる。遺伝子欠損はノックアウト(KO)、遺伝子導入はノックイン(KI)と呼ばれる。すでに多くの種類の遺伝子改変マウスが樹立しており、マウスリソース拠点に申請して提供してもらうことも可能である。ただ、希望する種類がなければ自身の手で作製しなければならない。

 

作製方法の一つは、遺伝子組換え(相同組換え)を利用することだ。マウスES細胞に、標的遺伝子の領域で相同組換えを引き起こすよう作製したDNAを導入し、そのES細胞を別のマウスから採取した胚に注入するとキメラマウスが誕生する。遺伝子改変された細胞が生殖細胞系列に分化すれば、その細胞は次世代に受け継がれるため、ヘテロまたはホモの遺伝子改変マウスを誕生させることができる。

 

ES細胞と遺伝子組換えを利用した遺伝子改変マウス作製法は1980年代に報告されて以降、理論上はマウスの任意の遺伝子を欠損あるいは過剰発現できる方法として長らく使用されている。この功績を理由に、2007年のノーベル生理学・医学賞がMartin Evans博士、Mario Capecchi博士、Oliver Smithies博士の3氏に授与された(Martin Evans博士はマウスES細胞の樹立とキメラマウスの作製、Mario Capecchi博士とOliver Smithies博士は遺伝子改変マウスの作製に対して)(1,2,3,4)。

コンディショナルKO法による時空間的制御

標的遺伝子が発生に必須である場合、その遺伝子のKOマウスは致死となり、誕生後の機能を解析することができない。この欠点を解決するために開発された手法がコンディショナルKO法だ。

 

この手法では2種類の遺伝子改変マウスをかけ合わせる。一方は、解析したい時期や組織で特異的に発現する遺伝子のプロモーターと、DNA組換え酵素であるCreを連結させた配列をもつ遺伝子改変マウス。もう一方は、標的遺伝子の前後に、Creタンパク質が認識するloxP配列をもつ遺伝子改変マウス。この両者をかけ合わせて生まれるマウスは、時空間的に限られた細胞のみにおいてCreが翻訳され、loxP配列で挟まれた標的遺伝子を切り出し、欠損させる。

 

例えば、ドパミン産生神経細胞でCreを発現するマウスと、オートファジー誘導に必須の因子であるAtg7の前後にloxP配列をもつマウスをかけ合わせると、ドパミン産生神経細胞のみにおいてAtg7がノックアウトされ、その結果ドパミン産生神経細胞特異的にオートファジーが欠損する。なお、このマウスは高齢化に伴い運動障害を引き起こし、神経細胞の病理学的解析からパーキンソン病のモデルマウスと見られている(5)。

ゲノム編集による遺伝子改変

遺伝子改変マウスの作製には長らく遺伝子組換えが用いられてきたが、ES細胞における遺伝子組換えの効率の悪さ、最終的に遺伝子改変マウスを樹立するまでに時間と費用がかかることが課題であった。この課題を解決するのがゲノム編集である。

 

ゲノム編集は、受精卵で直接遺伝子改変が可能なため、ES細胞を介する必要がなく、1世代で遺伝子改変マウスを樹立できる。改変効率も高く、費用も時間も大幅に削減できる。ゲノム編集技術の中でもCRISPAR/Cas9は特に作製費用が安価であり、世界中で広がりを見せている。

 

KOだけでなく、KIや点変異の導入も可能である。当然コンディショナルKOにも適用できるため、将来的にはゲノム編集が遺伝子改変の主流になると予想される。

マウスは本当にヒト疾患モデルなのか

ところで、疾患モデルマウスは本当にヒト疾患のモデルなのだろうか。この根源的な問題に関する議論が近年浮上している。

 

発端となったのは、米国の研究機関を中心とした共同研究コンソーシアムによる報告だ(6)。この報告では、敗血症、感染症、火傷などの炎症性疾患の患者から採取した血液と、それらの炎症性疾患に対応する実験操作を実施したマウスから採取した血液を、DNAマイクロアレイによってmRNAの発現を比較したところ、両者の遺伝子発現の変化に相関はほとんどないと主張された。すなわち、炎症性疾患における遺伝子発現という点では、マウスはヒトのモデルにならないということだ。

 

これに対して藤田医科大学の宮川教授らが、共同研究コンソーシアムのデータを別の手法で解析したところ、炎症性疾患の患者とモデルマウスの血中で起きる遺伝子発現の変化には相関があり、マウスはヒトのモデルになり得るという反論が出された(7)。

 

詳細な解析方法の違いについては両者の報告を読み比べていただきたいが、トランスクリプトーム解析やメタボローム解析が珍しくなくなった現在、疾患モデルマウスを真に有効活用するためには、統計処理の正しい知識を有するか、統計に詳しい研究者に事前に相談することが不可欠と言えるだろう。

 

ちなみに、前者の論文のタイトルは「Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases」であるのに対して、後者は「Genomic responses in mouse models greatly mimic human inflammatory diseases」と、poorlyとgreatlyの正反対な一単語違いで反論しているのが非常におもしろい。

 

参考文献

  1. Evans MJ, Kaufman MH. Establishment in culture of pluripotential cells from mouse embryos. Nature. 1981;292:154-156.
  2. Bradley A, Evans M, Kaufman MH, et al. Formation of germ-line chimaeras from embryo-derived teratocarcinoma cell lines. Nature. 1984;309:255-256.
  3. Hatada S1, Nikkuni K, Bentley SA, et al. Gene correction in hematopoietic progenitor cells by homologous recombination. Proc Natl Acad Sci USA. 2000;97(25):13807-13811.
  4. Thomas KR1, Capecchi MR. Site-directed mutagenesis by gene targeting in mouse embryo-derived stem cells. Cell. 1987;51(3):503-512.
  5. Sato S, Uchihara T, Fukuda T, et al. Loss of autophagy in dopaminergic neurons causes Lewy pathology and motor dysfunction in aged mice. Sci Rep. 2018;8(1):2813.
  6. Seok J1, Warren HS, Cuenca AG, et al. Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases. Proc Natl Acad Sci USA. 2013;110(9):3507-3512.
  7. Takao K, Miyakawa T. Genomic responses in mouse models greatly mimic human inflammatory diseases. Proc Natl Acad Sci USA. 2015;112(4):1167-1172.

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