肥満の疾患モデルマウス
肥満は高血圧、高脂血症、2型糖尿病を合併する病態であり、これらを合わせたものがいわゆる「メタボリックシンドローム」である。メタボリックシンドロームは動脈硬化のリスクを増加させ、やがては心筋梗塞や脳梗塞を誘発する。日本では、BMIが25 kg/m2以上の肥満者は男性で30.7%、女性で21.9%であり、この割合はここ10年でほとんど変わらない(1)。肥満抑制や、肥満に付随する疾患を予防するための研究に使われる肥満モデルマウスには何があるのだろうか。
給餌によるモデル
肥満モデルマウスの作成法には、大きく分けて2種類ある。高脂肪の飼料を給餌することで肥満を誘発させる後天的な方法と、遺伝的に肥満になりやすいマウスを用意する先天的な方法だ。
前者の高脂肪飼料を給餌することで肥満を誘発させるモデルには、C57BL/6JやB6D2F1系統のマウスを用いることができる。脂肪含有量の異なる餌が業者から販売されており、実験デザインに応じてオーダーメイドすることもできる実験によっては、最初は高脂肪飼料で育て、途中から普通飼料で育てたときのデータがほしい場合もあるだろうが、そういったことも可能である(逆に、最初は普通飼料で、途中から高脂肪飼料で育てることも可能)。柔軟に管理できるのが、この方法のメリットといえるだろう。
肥満の自然変異マウスob/ob
遺伝的に肥満になりやすいマウスには複数のモデルがある。有名なものは、ob/obマウスだ。名前の由来はobase(肥満の)である。現在でも多くの実験室で使われているob/obマウスだが、最初に報告されたのは1950年と、生命科学の分野ではかなり歴史が長い存在である。そこで改めて、ob/obマウスの歴史を簡単に振り返りたい。
ob/obマウスは自然変異体として見つかったもので、米国ジャクソン研究所(Jackson Laboratory)のIngallsらによって1950年に『Journal of Heredity』誌に報告された(2)。実際には、彼らの研究室で1949年の夏に見つかったようだ。
ob/obマウスは、誕生時には野生型マウスと体重はほとんど変わらないが、徐々に差が開いていく。生後10ヶ月になると、野生型マウスの体重は約30グラムであるのに対して、obobマウスは約90グラムにもなる。ob/obマウスの摂食量は極めて高く、ヒトでいう過食症の状態になっている。
ob/obマウスからレプチンの発見
ob/obマウスは肥満だけでなく、2型糖尿病のモデルマウスとして長らく使われてきたが、その原因遺伝子が特定されたのは最初の報告から44年後の1994年である(3)。米国ロックフェラー大学(Rockfeller University)のZhangらはポジショナルクローニングを行うことで、ob遺伝子は167アミノ酸からなるタンパク質をコードしていること、その発現は脂肪組織でのみ認められることを明らかにした(ただし現在では、肝臓や胃などでも、脂肪細胞ほどではないが発現していると考えられている)。
このタンパク質はその後「レプチン」と名付けられた。ギリシア語のleptos(痩せている)に由来するといわれている。
ob遺伝子はヒトにも類似の遺伝子があり、マウスまたはヒトのob遺伝子から作製したレプチンをob/obマウスに投与すると、わずか2週間で体重が30%減少したと報告された(4)。この報告では、野生型マウスにレプチンを投与しても食欲減退、さらに体脂肪率、血糖値、血中インスリンの低下が認められた。
レプチンの作用メカニズムは以下の通りである。食物を摂取すると脂肪細胞でレプチンが産生され、脳の視床下部にある受容体に結合することで、食欲抑制効果やエネルギ代謝促進効果をもたらすと考えられている。
レプチン受容体変異のdb/dbマウス
肥満と2型糖尿病の遺伝的なモデルマウスとしてもう一つ有名なものがdb/dbマウスだ。dbはdiabetes(糖尿病)に由来する。最初の報告はHummelらによる1966年の『Science』誌だが、彼らの所属はob/obマウスを報告したIngallsらと同じジャクソン研究所だ。
db遺伝子の特定も、ob遺伝子の特定とほぼ同時期に行われた。米国ミレニアム・ファーマシューティカルズ社(Millennium Pharmaceuticals)のChenらによって、db遺伝子がレプチン受容体をコードすることが明らかになった(5)。
ここで紹介したobobマウス、dbdbマウスの他にも、肥満(または2型糖尿病)のモデルマウスにはKK-Ayマウスなどがある。注目したいシグナル経路に応じて使い分ける必要がある。分子生物学的な機序の解明には、高脂肪飼料モデルよりも、遺伝性のモデルマウスのほうが適しているだろう。
肥満モデルマウスを扱うときの注意点
一般的に、遺伝性の肥満モデルマウスは、飼育環境によって肥満や糖尿病の病態の具合が変化することが知られている。食餌の内容や飼育温度、集団で飼うか単独で飼うかによっても影響される。また、業者から購入したり共同研究先から提供してもらったりしたときには、輸送中のストレスの影響も無視できない。購入元や提供元の情報をもとに、予備実験を行うことが欠かせない。
参考文献
- 厚生労働省 平成29年「国民健康・栄養調査」
- Ingalls AM, at al. Obese, a new mutation in the house mouse. J Hered. 1950;41(12):317-318.
- Zhang Y, et al. Positional cloning of the mouse obese gene and its human homologue. Nature. 1994;372(6505):425-432.
- Halaas JL, aet al. Weight-reducing effects of the plasma protein encoded by the obese gene. Science. 1995;269(5223):543-546.
- Chen H et al. Evidence that the diabetes gene encodes the leptin receptor: identification of a mutation in the leptin receptor gene in db/db mice. Cell. 1996;84(3):491-495.