受精卵エレクトロポレーション法発明物語

ゲノム編集を動物個体に導入するための、受精卵エレクトロポレーション法は、発生生物学者である徳島大学の竹本龍也らの研究により発明されました。ここでは医学、工学、様々な分野で役立つ新技術の開発の様子を、開発当時の時代背景とともに紹介します。

化学に嵌まっていた修士学生 竹本龍也は近藤寿人教授(大阪大学大学院生命機能研究科 形態形成研究室)に出会い生物学への転身を決意します。生物を専攻することになった竹本は形態形成研究室にて発生生物学、特に動物胚発生の研究に携わることになります。胚発生は、様々な生命現象および反応が絡み合った極めて複雑な過程です。発生生物学の分野で使用される動物としてカエルやゼブラフィッシュなどが挙げられますが、まずニワトリ胚の研究から始めた彼は、その後マウス胚を用いた研究に着手し2005年に博士号を取得、その後大阪大学の助教を経て、2013年に徳島大学に赴任することになります。

さらにその頃「体軸幹細胞」を発見し世界に衝撃を与えます1。従来の胚発生における定説として、胚盤葉は外胚葉、中胚葉、内胚葉に分岐し、外胚葉から神経系や表皮が、中胚葉から筋肉や骨が発生するとされていました。それに対し、竹本らは、Tbx6遺伝子欠損マウスの解析から、神経系と主要な中胚葉に発生する「体軸幹細胞」が存在することを見出しました。従来の定説は1920年来の両生類胚の研究が理論基盤となっていましたが、分子生物学的手法により古典期の発生生物学の課題を検証したものと言えます。

そんなとき、ある論文が竹本の目に留まります。マックスプランク研究所のCharpentier博士とカリフォルニア大学のDoudna、MITのZhangによって相次いで発表されたCRISPR/Cas9という技術で遺伝子を自在に書き換えるというものでした2,。細菌がウイルスの侵入に際して、ウイルスの遺伝子を自分の遺伝子の中に取り込んで記憶し、同じウイルスが再侵入した場合、直ちにそのウイルス遺伝子を切断するという働きを応用したものです。

竹本は、このゲノム編集法をいち早くマウスの発生学の研究に活用しようと考えます。CRISPR/Cas9システムでは簡易かつ短時間での遺伝子変異マウスの作製が可能であるという利点がありましたが、受精卵へのCRISPR/Cas9システム導入は、高度な設備と熟練した技術を必要とした方法であり、個々の胚への導入を必要とするため、時間のかかるマイクロインジェクションを用いて行われました。そのため、当時ハイスループットな遺伝学的解析(遺伝子変異マウス作製)を行うことは困難でした。

CRISPR-Cas9システムを用いて変異を導入した個体を得るために、竹本は大阪大学の橋本昌和助教らと協力しその解決すべき課題にいどみます。
そこで、竹本らはマイクロインジェクションではなくエレクトロポレーションによってCas9 タンパク質及び gRNAといったゲノム編集ツールをマウスの受精卵へ導入する方法の開発に着手します。

細胞はある一定の電気を加えることで、細胞膜に一過性の穴を開けることが可能で、細胞の内部へ薬剤や外来遺伝子、タンパク質等を導入する方法 をエレクトロポレーションと呼びます。従来のエレクトロポレーション法では、受精卵へのダメージが懸念され、あまり広まっていませんでした。電圧をあげることで穴は大きくなりますが細胞がダメージを受け、細胞死を引き起こしますが、逆に電圧が弱ければ導入する遺伝子効率が下がってしまいます。しかし条件の設定を調節することで細胞へ与えるダメージは少なく、かつゲノム編集因子の導入効率を上げることに成功し、優れた研究成果を得ることができました4。さらにこの方法は、遺伝子の破壊のみならず、一本鎖オリゴヌクレオチド(ssODN)を共導入することで、目的配列のノックインにも活用が広がりました。

当初、竹本、橋本らの研究ではCas9のmRNAとgRNAをエレクトロポレーションにより導入していました。しかし、この方法ではCas9を受精卵に導入後、Cas9タンパク質が発現してくるまでに受精卵の発生が進行し、モザイク性の高い胚になる懸念がありました4。そこで、Cas9タンパク質とgRNAを直接受精卵に導入する実験系を確立することに成功しました。その結果、受精卵が1細胞から2細胞に分裂する前後にゲノム編集が実行されるため、モザイク性の低い変異体を得ることが可能となりました。高効率にゲノム編集を導入でき、且つ、モザイク性も低いという特徴から、場合によってはF0世代で遺伝子機能を検証することも可能にする技術と考えることもでき、生体内での遺伝子機能の解析において強力な武器になることが期待されます。

哺乳類の卵は、透明体と呼ばれる糖タンパク質のマトリックスで覆われているという点で、比較的共通点が高いという点があります。マウスで確立した実験系が、ほかの哺乳類にも適用できるか、ブタ受精卵を用いた実験を、徳島大学の音井威重教授らとの共同研究により検証してみました6。その結果、エレクトロポレーション法は条件の微調整は必要となるものの、ブタにおいても高効率ゲノム編集が可能であることが示唆されました。

ブタの受精卵は透明体が色素沈着が見られ透明ではないため、マイクロインジェクション法で導入する場合、通常のマウスのマイクロインジェクション法よりもさらに高度な技術を要しました。この点についても、エレクトロポレーション法により色素を無視して導入が可能となり、熟練を要さない手技を確立した点でも、受精卵エレクトロポレーション法(GEEP法)は有用な技術であると言えます。

ゲノム編集マウスの作出に関し、研究成果(参考文献 4)4を発表後、大学研究者らから共同研究の依頼が多く寄せられました。数十例の共同研究を行い、ゲノム編集マウスの作出を担ってきましたが、これだけ依頼があるのであれば、製薬会社などの産業界などにも技術提供が可能でないかと考えました。また、大学の研究者からの依頼も、しがらみなく、受託の窓口を用意することで、もっと効率的に提供できるのではないかと考えました。そこで、竹本らは、2017年2月に、ゲノム編集技術を素早く、使いやすい環境を提供し、将来的には実験室だけでなく、様々な産業界にも利用できるようにすることを目指し、株式会社セツロテックを立ち上げました。
 
セツロテックでは、新しく開発した技術やこれまでの経験を生かして、ゲノム編集に関連する解析やモデル動物作製支援を行っています。また、転座や逆位、欠失、重複といった様々な染色体改変を 高効率で起こす技術の確立により、幅広い遺伝子 改変動物の作製が可能な技術基盤を構築し汎用性の高いゲノム編集技術を研究者や産業界の方々へ提供していきます。

M.L

(1) Takemoto, T.; Uchikawa, M.; Yoshida, M.; Bell, D. M.; Lovell-Badge, R.; Papaioannou, V. E.; Kondoh, H. Tbx6-Dependent Sox2 Regulation Determines Neural or Mesodermal Fate in Axial Stem Cells. Nature 2011, 470 (7334), 394–398. https://doi.org/10.1038/nature09729.
(2) Doudna, J. A.; Charpentier, E. The New Frontier of Genome Engineering with CRISPR-Cas9. Science 2014, 346 (6213). https://doi.org/10.1126/science.1258096.
(3) Hsu, P. D.; Lander, E. S.; Zhang, F. Development and Applications of CRISPR-Cas9 for Genome Engineering. Cell 2014, 157 (6), 1262–1278. https://doi.org/10.1016/j.cell.2014.05.010.
(4) Hashimoto, M.; Takemoto, T. Electroporation Enables the Efficient MRNA Delivery into the Mouse Zygotes and Facilitates CRISPR/Cas9-Based Genome Editing. Sci Rep 2015, 5 (1), 11315. https://doi.org/10.1038/srep11315.
(5) Hashimoto, M.; Yamashita, Y.; Takemoto, T. Electroporation of Cas9 Protein/SgRNA into Early Pronuclear Zygotes Generates Non-Mosaic Mutants in the Mouse. Developmental Biology 2016, 418 (1), 1–9. https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2016.07.017.
(6) Tanihara, F.; Takemoto, T.; Kitagawa, E.; Rao, S.; Do, L. T. K.; Onishi, A.; Yamashita, Y.; Kosugi, C.; Suzuki, H.; Sembon, S.; Suzuki, S.; Nakai, M.; Hashimoto, M.; Yasue, A.; Matsuhisa, M.; Noji, S.; Fujimura, T.; Fuchimoto, D.; Otoi, T. Somatic Cell Reprogramming-Free Generation of Genetically Modified Pigs. Sci Adv 2016, 2 (9). https://doi.org/10.1126/sciadv.1600803.

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