パーキンソン病の疾患モデルマウス

日本人の約1000人に1人、60歳以上では100人に1人の割合で発症するパーキンソン病。その詳細な発症機構は未だ解明されておらず、患者は症状を和らげるための対症療法を受けるしかない現状がある。パーキンソン病発症機構の解明および治療を目指し、多くのパーキンソン病モデルマウスが使われている。

パーキンソン病の病態

パーキンソン病は進行性の神経変性疾患である。主な症状に、安静時振戦(手足の震え)、無動・寡動(体の動きが遅くなる)、筋固縮、姿勢反射障害がある(1)。これらの運動障害はパーキンソン病の4大症状といわれている。また、認知機能障害、幻覚、睡眠障害、便秘、嗅覚低下などの症状を伴うことがある。

 

パーキンソン病の発症には、α-シヌクレイン(α-Synuclein)が関与すると考えられている。このタンパク質が中脳黒質の神経細胞(ドパミン作動性神経細胞)で異常蓄積するとレビー小体を形成し、細胞が脱落する。すると、神経伝達物質であるドパミンが産生されないために運動機能に障害をもたらす。ただし、ドパミン受容体は正常に機能するため、パーキンソン病患者には対症療法としてドパミン前駆物質であるLドパなどの投与が行われる。

 

なぜパーキンソン病を発症するのか、すなわちレビー小体の形成やドパミン作動性神経細胞の変性の機序は完全に解明されておらず、根本的な治療を実現する上でハードルとなっている。

 

そこで、パーキンソン病のモデル生物を利用した発症機序の解明や創薬を目的とする研究が多くの施設で行われている。モデルマウスに関しては、神経毒を投与してパーキンソン病様症状や病理学的所見を再現する方法がある。また、パーキンソン病の一部は遺伝性で原因遺伝子が複数判明しているため、遺伝子改変マウスを用いた解析も行われている。

薬剤によるパーキンソン病様症状の再現

現在マウスでパーキンソン病を再現するために使われる神経毒で代表的なものは1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラハイドロピリジン(MPTP: 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)だ。

 

MPTPは、静脈投与すると容易に血液脳関門を通過し、グリア細胞などの内部でモノアミノ酸化酵素B(MAO-B)によってMPP+に変換される。MPP+が細胞外に放出されるとドパミントランスポーターによって選択的にドパミン作動性神経細胞に取り込まれ、ミトコンドリアの電子伝達系を阻害することで細胞障害を引き起こす。この機序によってパーキンソン病を再現している(2)。

 

ちなみにMPTP発見の背景には、合成ヘロインの歴史がある。1970年代、米国で化学を専攻する一人の大学院生が自宅の実験室で合成したヘロインを静脈注射していたところ、しばらくしてパーキンソン病を発症した。過剰摂取による死亡後の解剖では、黒質細胞脱落やレビー小体の形成など、パーキンソン病の病理所見が確認された(3)。1

 

980年代には、薬物中毒者4名が別の合成ヘロインを使用してパーキンソン病を発症、この合成ヘロインを分析したところMPTPが検出された(4)。MPTPをサルに投与したところ、運動障害やドパミン作動性神経細胞の脱落が確認された(5)。

 

この報告以降、MPTPはパーキンソン病を再現する神経毒として、マウスを含め多くの実験動物で使用されている。ただ揮発性で毒性が高いため、ドラフトチャンバー内で操作するなど、取り扱いには注意を要する。

 

MPTP以外にも、6-ヒドロキシドーパミン(6-OHDA)、リポポリサッカライド(LPS)などがパーキンソン病様症状をきたす薬物として使用されている。

遺伝子組換えによるパーキンソン病モデルマウスの作製

パーキンソン病の10〜15%は家族性に発症し、その一部は原因遺伝子が判明している。例えば、E3ユビキチンリガーゼであるパーキン(Parkin)や、ユビキチンキナーゼであるPINK1の変異はパーキンソン病の早期発症に関与する。

 

遺伝子組換え技術を用いてこれらの機能欠損マウス(KOマウス)が作製されたが、運動障害やドパミン作動性神経細胞の脱落などは観察されなかった(6, 7)。そのため、KOマウスはヒトのパーキンソン病のモデルになり得ないとする見方もあった。

 

ところが、これらのKOマウスと、ミトコンドリアDNAに変異が蓄積するmutatorマウスをかけ合わせてミトコンドリアストレスをかけると、パーキンソン患者で見られる炎症性サイトカインの上昇、運動障害やドパミン作動性神経細胞の脱落が認められた(8)。これらの特徴は、細胞内DNAを介するI型インターフェロン応答を誘導する中心分子STINGの欠損によって抑制されたことから、パーキンソン病患者で見られる運動障害やドパミン作動性神経細胞の脱落にはミトコンドリア恒常性の破綻による炎症反応が寄与することが示唆されている。

 

パーキンソン病に腸内細菌が関与する報告もある。遺伝子組換えによってα-Synucleinを過剰発現させたマウス(ASOマウス)は運動障害や腸の蠕動機能の低下(便秘)を呈する。このマウスに抗生物質を投与して腸内を無菌にすると、α-Synucleinの蓄積が減少し、運動機能や便秘が改善した(9)。

 

また、健常者とパーキンソン病患者の糞便をASOマウスに移植すると、パーキンソン病患者由来の糞便を投与されたほうがパーキンソン病の症状がより悪化した(9)。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸がα-Synucleinの蓄積に寄与する可能性が示唆されている。

ゲノム編集によるパーキンソン病モデルマウスの作製

長らく遺伝子改変マウスの作製には遺伝子組換えが用いられていたが、近年ではゲノム編集が用いられることが増えてきた。この傾向はパーキンソン病モデルマウスにおいても例外ではない。

 

家族性パーキンソン病であるPARK17は常染色体優性遺伝性で、vacuolar protein sorting 35(VPS35)遺伝子の点変異(多くはD620N変異)が原因であることがわかっている。VPS35は、エンドソームからトランスゴルジ体への逆走性輸送を担う複合体のコンポーネントである。

 

東京医科歯科大学の横田教授と渡瀬准教授らのグループは、ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9を用いて、Vps35遺伝子のD620Nの点変異をもつマウスを作製した。ホモのD620N変異マウスでは運動障害や黒質細胞の脱落は認められなかったものの、電気刺激によるドパミン放出量の低下が確認された(10)。このことから、VPS35遺伝子のD620N変異によってVPS35機能の一部が低下し、何らかの理由でドパミン放出能が低下することが推測された。

 

なお、ヒトではPARK17は優性遺伝するが、ヘテロのD620N変異マウスではドパミン放出量の有意な低下が認められなかったため、完全に再現できているとは言い難いかもしれない。

 

それでも、ヒトで発見されているパーキンソン病の原因遺伝子の変異をもつマウスをゲノム編集を用いて簡便に作製できるようになったことで、パーキンソン病発症機序の全容解明や根治治療の実現が加速するのは間違いないだろう。

参考文献

  1. 難病情報センター パーキンソン病(指定難病6)
  2. Beal MF. Experimental models of Parkinson’s disease. Nat Rev Neurosci. 2001;2(5):325-334.
  3. Davis GC, Williams AC, Markey SP, et al. Chronic Parkinsonism secondary to intravenous injection of meperidine analogues. Psychiatry Res. 1979;1(3):249-254.
  4. Langston JW, Ballard P, Tetrud JW, et al. Chronic Parkinsonism in humans due to a product of meperidine-analog synthesis. Science. 1983;219(4587):979-980.
  5. Langston JW, Forno LS, Rebert CS, et al. Selective nigral toxicity after systemic administration of 1-methyl-4-phenyl-1,2,5,6-tetrahydropyrine (MPTP) in the squirrel monkey. Brain Res. 1984;292(2):390-394.
  6. Goldberg MS, Fleming SM, Palacino JJ, et al. Parkin-deficient mice exhibit nigrostriatal deficits but not loss of dopaminergic neurons. J Biol Chem. 2003;278(44):43628-43635.
  7. Kitada T, Pisani A, Porter DR, et al. Impaired dopamine release and synaptic plasticity in the striatum of PINK1-deficient mice. Proc Natl Acad Sci USA. 2007;104(27):11441-11446.
  8. Sliter DA, Martinez J, Hao L, et al. Parkin and PINK1 mitigate STING-induced inflammation. Nature. 2018;561(7722):258-262.
  9. Sampson TR, Debelius JW, Thron T, et al. Gut Microbiota Regulate Motor Deficits and Neuroinflammation in a Model of Parkinson’s Disease. Cell. 2016;167(6):1469-1480.
  10. Ishizu N, Yui D, Hebisawa A, et al. Impaired striatal dopamine release in homozygous Vps35 D620N knock-in mice. Hum Mol Genet. 2016;25(20):4507-4517.

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